れいぞく………隷属。 つまり、家来、僕…そういう事だ。 話の展開からそうなる事も予想はできるが、よりにもよってお互い顔を向き合わすだけで不愉快になる 相手と主従関係にならなければいけないというのか。 「なっ…、何言ってんだよ親父!こんなん俺はいらねーって言ってるだろ!!」 …もう一緒にいるだけでストレスが溜まっていくような相手の言いなりにならなければいけないというのか。 呼び出したのがルークであるからそうなるのも無理はないが、としては例え一人きりで馬小屋の 馬糞処理係にまわされたとしても、ルークの僕になる事を思えば苦痛ではないと思った。 しかし公爵の方はルークの抗議を受け入れるつもりはないらしく、首を横に振る。 「そうは言っても、本に書いてあるのはそういう事だろう。しかも還す方法が解らないのだ。 お前が招いた事なのだから、責任を持ちなさい」 間違っていない事を並べ立てられて、今度こそぐうの音も出ずルークは黙り込んだ。 心底悔しそうな彼の横顔を見ていると、は本気でこの子に嫌われてるんだなぁ、としみじみ感じる。 (べ…別に、こんな嫌な子に嫌われてもいいけどさ…) でも、ほんのちょっと、いや、ちょっと、と念頭で言いつつ、かなり傷付かないでもない。 自分の外見上、性格上、好感を抱いてもらえる事は少ないと思うが、嫌われたいわけでもない。 「しかし、今回の事は私にも責任の一端はある。の処遇に関してはこちらでも考じよう。 手始めに貼り紙を。…すぐに用意させる」 やはりそこは親だ。ルークに全て責任を押し付けても、全く解決に向わない事は目に見えている。 本気で放置されるかもしれない、と不安を顔に滲ませていたの方を見て、公爵は 威厳を称えた顔で、真面目以外の感情を交えずに言った。 「安心するといい。なるべく好条件の家柄に引き取って貰えるよう考慮しよう。二人とも、それまでの辛抱だ」 「は?」 なんだか一瞬にして信頼という塔は崩れ去り、跡地からよく解らない感情がふつふつ込上げてくるのを感じる。 とにかく、どうにか「貼り紙ってそっちかよ!」というツッコミは呑み込むことができた。 「旦那様…送還の書についての情報提供を求める貼り紙の方がよろしいかと。 人型で種族年齢出身地その他諸々不明の得体の知れない生物、欲しがる物好きな方なんてそういませんよ…」 「ふむ…そうか」 ガイのフォロー(?)に、再び思考にふけりだす面々を前に、取りあえず怒ってもいいのかどうなのか、 コメカミを痙攣させながらは考えていた。 きっと召喚術ってやつのせいだ。 そのせいでこの人達の目には私が家畜的なものに見えるフィルターがかかってるんだ。 そうなんだ、きっと。 そうでなければ、やっていられるか。 許されるなら今この場でちゃぶ台返しをしたい。 例え眼前にあるのがちゃぶ台でなく大きくて豪華な長テーブルであろうとも、今の膂力なら不可能ではない。 「確かに、ルークの傍に置いておかねば、何かがあった時に大変な被害が出るだろう、な」 の心情など知る由もなく、公爵も目を伏せて深く考え込む。 (………………ああ…もう何とでも言って…) 完全に猛獣ペット扱いである。 いい加減、怒るのも疲れて来たし、馬鹿らしい。コミュニケーションの機会が少ない人生だったので普通はどうなのか 判別が難しいが、人間ってこんなもんかもしれない。両親以外、まともに取り合ってくれた事は少ないし、 それを思えば言動に問題はあるが、真剣に自分の事を考えてくれているこの人たちは多分マシだ。 ガイなんかはその最たるもので、どうにかこちらの身の振り方に厳しい風が当たらないように持って行ってくれている。 はずなのだが実際は最大瞬間風速80m/s並みの激しい向かい風がこちらに当たっている(ルークのペット候補)。 もう、この上はどうでもいい。とにかく、丸裸でほっぽり出されない限り逆らう気はない。 もしこの、文字さえ通じない側から見てこそ得体の知れない世界で勝手に生きてけ、 なんて無責任な事を言われたら命を差し置いても暴れてやるつもりだが。 結論は、既に出ている。 後は、決断だけだ。 ふう、と溜息をついて、公爵は深く椅子に背中を預ける。 その姿を横目で見ながら、ルークの顔に苛立ちが募った。 ろくな事をしでかさない。どうしてこんなに面倒事を呼び込むんだ。公爵のついた息はその感情を如実に語る。 親子の、そんな擦れ違いを見てしまったような気がして、は関係ないと口では言いつつも 何とも勿体無いと思った。子と親が健在な事ほど、幸福な事はないのに、と自分ひとりで住む冷えた部屋を思い出す。 少年は、意地っ張りで子供すぎる。その親は、子供をあまり見ようとしていない。 その歪みに気付く者が以外にあったとしても、彼らの立場上、誰もそれに口を挟む事はできないのだろう。 貴族っていうのは、そんな人達が多いのかもしれない。 まあ、としても、それを指摘してやる身分も義理も、今のところ無いわけだが。 「……仕方あるまい。では、ルーク。しっかり面倒をみるのだぞ」 目を開けて、ルークを厳しく見据えた公爵は決断を口にした。 「な…っ!?か、勝手に話進めんな!俺はこんな…」 「諦めろよ、ルーク。知らなかったとはいえ、やっちまったのは俺たちなんだから」 ボソリと、反論しようとするルークの耳元で、ガイがそう言葉を掛ける。 世話係の密かな制止も入り、ルークが言葉を失くしているうちに強制的とも言えなくもないお開きとあいなった。 引っぱられるようにガイに連れられていくルークから、公爵は視線を壁際に控えている兵士に移すと、一度頷く。 同じように頷き、簡易式の敬礼を返した兵士は、を引き立てながらルーク達の後に続く。 は長い、長い溜息をつくしかなかった。 確かに願っていた。繰り返す日々が変わって欲しい、と。 そして、確かに変わった。それはもう、自分という存在を置いて、周り全てが。 しかし、だ。 変わった後の状況を整理してみると。 事故で用も無いのに異世界に呼び出されて、帰る方法が無い上に、我侭貴族息子の猛獣ペット。 人間、人生変わるとしても、ここまで踏み外すと、虚ろな笑みさえ込上げてくる。 「何で俺が、こんな目に合わなきゃならねーんだよっ!!」 それはこっちのセリフだ、と心の中で声を限りに叫んでみた。 「はー…」 明るく多彩な模様の描かれた天井、美しく磨き上げられた豪奢な石柱や床、品のいいデザインの細やかな装飾が 施された見るからに値の張るランプや置物――――… 何処をとっても隙や綻びのない洗練された公爵邸は、正に貴族の中でも最上の位を冠するに相応しい 美術的な様相を湛えていた。 風呂なしトイレ共有4畳一間の隙間風が入るアパートと、しがない清掃業社の事務所間を往復するしかない 毎日を送るには、目の前に広がる世界は別世界の光景としか言いようが無い。 (……冗談ぬきで別世界なんだけどね…) 異世界に来てしまったという厄介な状況ではありつつも、目に入るものは今まで見たことのない程 美しく煌びやかだし、文化は物語に出てくるような中世のヨーロッパみたいだし、で、すっかり観光気分である。 人々でさえも、メイドや執事、銀の鎧の兵士なんて格好をしていて、御伽噺に出てくる城の中みたいだ。 それらの人々がことごとく、前を歩くルークに頭を垂れていく。 今更ながらに、この少年の地位の高さを感じた。対するルークは、それが当然だと言わんばかりの態度で その人達を気に留める様子は微塵もなく歩いている。そんな態度が、何だかやっぱり、癇に障る。 自分だったらこんな年下…しかもさっきから聞くだに生意気で失礼なばかりの奴に頭を下げるなんて御免被る。 (……この子の身分が、よっぽどって事かぁ…) たしかに傲慢もとい尊大さはやんごとなき人のそれだ。改めて呆けていると、横から小さく失笑をかった。 何だと振り返ってみれば、ガイが口に手をあてて声を控えめに笑っている。 「見たこともないものばかりだ、って感じだな。さっきから口が開いたままになってるぞ?」 言われて、しまった、と慌ててパクンと口を塞いだ。ガイはさも楽しそうにニコニコとしている。 その顔が標準装備なのだろうか。自分なんかにそれを発揮したって、得な事なんか一つもないのに。 今まで異性といったら大抵、可愛い女の子にはニコニコ親切に接するクセに、の前になると 途端に態度を変えるのだ。優しそうに見えたって、みんなちゃんと計算高い。 つまり自分は価値ある人間でもなければ、接しても得な存在じゃないんだ、って事。 それを思い知らされるのがとても悲しくて、恐かった。だから、男の人は苦手だ。なのに。 極上の笑顔をこちらに向けて来るガイに、思わず赤面してしまった顔を誤魔化そうと顰め面を向けてやる。 油断するな、。この世に理屈抜きの好意なんて、きっと無い。裏があるんだ、多分。そうに違いない。 「…そうですね。どうせ貴方達とは住む世界が違いますからね」 「お、うまいなぁ」 言葉の通りだな、と、ガイはまた笑う。 先程の言葉を嫌味と取って、口が弱いなりに嫌味を返してやったつもりだったのに。 流石は、あのルークとまともに付き合っていられるだけの事はあって、喰えない男だと思った。何というか…苦手だ。 それにしても。 ガイに対抗するのは諦めて、気を取り直して周囲の美しさに再度目を向ける。 周りがこうも綺麗で別世界でありすぎると、自分のコンプレックス魂が大いに刺激を受けるというのもで。 超上流階級かつフォーマルな環境下での、自分の容姿の浮きっぷりが、気になってくる。 遅刻どころか無断欠勤するハメになるのだったら、もう少しちゃんとしてくるんだった。服装コードは余裕でアウトだ。 今、周りは老若男女、職を問わず、身なりも顔も整った人間ばかりである。 かつの横と前を歩くのは、際立って容姿の優れたガイとルーク。 そんな考えに至ると、何だか急に恥ずかしくなって、気持ち程度に距離をとった。 また、先程は景色に気を取られていて気付かなかったが、ルークが通り過ぎた後、姿勢を戻した侍従達の 視線は、こちらに向いているのである。じろじろと、無遠慮な、好奇と侮蔑に満ちた視線。 廊下の陰でメイド達が2、3人寄り集まってヒソヒソと此方を見ながら話している。 変なものが屋敷に入ってきた、と嫌悪感を隠そうともしない執事達。 先程、ルークの部屋での一見に立ち会っていたのだろう、憤りと警戒の色を強く宿した兵士の目。 異質物。化け物。みんなの目が、そう言っている。 「――――っ…」 萎縮せずには、いられなかった。 逃れるように、深く深く俯いて歩く。自分の姿が人の目に曝される面積を、少しでも小さくするように。 慣れない注目に、全身の毛穴から汗が噴出しそうだ。膝が笑いだすのを、必死で抑える。 呼吸が苦しくなるほどの緊張に、心臓の鼓動さえおかしくなってしまいそうで。 恐い。恐くて、たまらない。 ――――大丈夫、大丈夫。どんなに恐い思いをしたって、生きるか死ぬか、結局どっちかしかないんだから。 いつか手をヒラヒラさせながら、そう私に言ってくれた人達は、もう、どこにも居ないけれど。 ぎゅう、と服のポケットの中で、時計を握り締めた。一度力いっぱい目を瞑った後、そろそろと、目を開ける。 (……わたしは……私は、生きてるから…大丈夫) 死んでない。 悪霊が住むと言われるお化け屋敷に閉じ込められたって、どんな憎悪に満ちた感情の中にいたって、 生きていられるなら。痛くないのなら、平気だ。 気にしないこと。自分は、自分。それがきっと大事なんだ。 両親の残してくれた、根拠も突拍子もない教えの記憶は、いつだって負の感情から自分を救い出してくれる。 がちがちに固まった関節から、力を抜く。上を向きはしないが、俯く顔の角度を少し緩めた。 ふう、と長い息をつけば、もう、周りの事はあまり気にならない。 見たけりゃ見ればいい。そう、割り切って歩いて行ける。 …――――やっぱりちょっと恥ずかしいけれど。 「おぼっちゃま」 その時、執事の中でもいくらか上の階級らしい紳士が、ルークの歩みを恭しい所作で止めた。 て、いうか、おぼっちゃま。おぼっちゃまって。思わず噴出しそうになるが、 頭を下げた彼の目が、他と例外なくチラリと此方を向いたので、思わずは姿勢を正してしまう。 「何だよ、ラムダス」 機嫌最悪のルークに、鬱陶しそうに問われたラムダスは、心持更に深く頭を下げる。 「申し訳ありませんが、先程の一件の後、今しばらくお部屋のお片付けが済んでおりませんので 東側の一室をご用意いたしております。今日の所は、どうぞそちらへ」 先程の一件、とは、を召喚した際の件に違いない。自分が壊したわけではないが、 何となく罪悪感が募ってしまう。もうちょっと穏やかに、こっちに来れなかったものか。(来たかった訳ではないが) 「あー、そういえばそうだな…。ったく、めんどくせー。誰かさんのせいで」 心なしか、しゅんとなっているを責めるように、ルークが横目で言った。 「だっ!誰かって、あなたのせいで…」 しょ、と言いかけて慌てて口を塞ぐ。 よく考えなくても、ここは公爵邸であり、目の前にいるのは公爵息子だ。 他人の家の権力者に声を上げそうになったを、目の前のラムダスもそうだが、周りにいる家臣達も みんな、警戒を含んだ温度の低い視線でねめつけている。どんなにルークが招いた事だと声を張り上げたって、 の今の召喚獣という得たいの知れない立場と、もたらした被害を考えれば当然かもしれない。 「あ、あは、ははは…」 泣きたいを通り越して、引き攣った笑いが込上げてきたが、の胃はこれ以上なく痛みを訴えていた。 「はーっ、たく……エライ目にあったぜ…」 どさり、と整えられたベッドに仰向けに体を預けて、ルークがあえぐ。 急ごしらえといえど、馴染みがないことを除けば、ルークの部屋に揃えてあるものと遜色はなかった。 ただし、ガイの定位置である窓際だけは、普通の、といってもやはり大きいが、他の部屋にあるものと一緒だったので 彼は窓に近い壁に立っている。見える外は、もう暗い。夜になったようだ。 「はは…暇潰しになったのは、確かだよな」 「冗談じゃねーよ。妙なモンがついてきちまったし」 楽天的に笑うガイだったが、その横でルークは、さもうんざりとした目で入り口に佇む存在を見やる。 ちょん、と足を揃えたまま部屋に入ろうとしないに、ガイは不思議そうに尋ねた。 「どうした、。入ってこないのか?」 そう言われて、は益々困ったような、慌てたような顔しか見せる事ができない。 「え、あ、あの…だってここ…歩いちゃっていいのかなって…」 が指差す先にあるのは、床しかない。 ただの、床。ただしそれはルーク達から見ての"ただの床"であって、実際その部屋の床には現代に生きる 普通の一般人が軽く目を瞠りそうな、ましてやなんかにとっては踏んで歩く事なんて恐れ多くて 出来そうにない程の上等な絨毯が敷かれていた。 ここのお金の単位は解らないが、の世界の店で買ったらン十万で足りるかどうか。 なんて、そんな心情が、ルークなどには伝わるはずもなく。 「お前、何ワケ解んねー事言ってんの?入って来なくてもいいから、ドア閉めろよ。落ち着かねぇじゃんか」 「は、入る!入ります!」 こんな所で閉めだされてたまるか。外は冷たい視線が吹き荒れるブリザードだと言うのに。 意を決して、足を一歩踏み出そうとするが。 「………………っく…っ」 靴が、床に触れる擦れ擦れで止まる。 踏むのか。お前は踏んで歩けるのか、ン十万を。という、どこからともない心の声が、葛藤を生む。 何年も履き古したスニーカーは、洗っていないなんて事はないけれど、お世辞にも清潔とは言えない。 それを突きつけられる絨毯に申し訳ない気がして、どうしても躊躇われる。 なので。 「ぶっ!…はっ…ははははは!」 堪えきれない、とばかりに噴出したガイの横で、ルークが心底呆れた、といったような表情をした。 「わ、私のいた国には、家の中では靴を脱ぐっていう習慣があるんだから仕方ないでしょう!?」 其処まで笑う事じゃないじゃないか。 脱いだ靴を手に持って入ってきただが、予想外にこんな反応を返されるんだったら、普通に入ればよかったかも。 後悔の念が湧いて来る。あああもう、私の事は放っておいてくれ。恥ずかしいんだ貴方達に見られると。 やっと、部屋の中に入って扉を閉める事ができたが、靴下を通して足の裏に触れる高級品ならではの感触が心地いい。 心地よすぎて、気味が悪い。身に余るとでも言うのだろうか、妙な背徳感がある。 気が付けばうっすら鳥肌まで立っている始末に、いかに自分の体が高級品などに免疫がないのかを自覚した。 さっきの、部屋に着くまでの疎外感の何割か、ともすれば半分以上は、この無縁とも思われていた煌びやかな世界に 対しての拒絶反応だったのだろう。 (うう……な、何と言うか…身の置き場所がないというか…) おろおろと辺りを見回してみると、一向に笑い止む気配のない男が再び目に入った。 何がそんなにツボに入ったのかとが恨めしい視線を寄越しているのに気付いたガイは、息を落ち着かせようと 腹に手を置く。異性に笑われるのは少なくない経験ではあるが、何度体験しても気分のいいものじゃない。 しかし、睨みつけてみたところで、相手からは余裕のあるような、赤面するしかない笑顔しか返って来ない。 小馬鹿にされているような気分だ。見た目からしてそう年も離れていないだろうに。 「ま、お前さんの国の文化がどうあれ、靴を履かないと足が汚れるぞ? それに、靴下に空いた穴も丸見えだしな」 「…ぅあっ…!!!」 忘 れ て い た 。 それはもう、すっかり。 長時間走ったせいで更に大きくなった穴からは、中指に至るまでがはみ出ている。 いくら貧困に女を捨てざるを得なかったとはいえ、靴下の穴なんて間違っても人に見られたくないものである。 (ぎいやああああああ!!!) 身を焦がさんばかりの恥と動揺を覚られぬよう、どうにか声に出さずに絶叫すると、思わず持っていた靴を 床に叩きつけて、素早く足を差し込んで隠した(さっきまでの葛藤は一体)。 指摘してきたガイの方を恐る恐る窺うと、案の定再び声なく腹を抱えている。 それをベッドから上半身を起こしたルークが、下らないものを見るような目をして眺めていた。 「っつーか、何でこいつまで俺んトコ来てんだよ。勝手にどの部屋にでも行けばいいじゃねーか」 人を指差してはいけないと教わっていないだろうルークが、不満声を笑うガイに向けて上げた。 ガイは笑いを抑えたつもりなのだろうが、いまだ不自然に綻ぶ口元をそのままに振り返る。 「旦那様の話、聞いてただろ?自分で起こした問題には、自分で責任を持てって。 それに、を傍に置かないと、何かあった時に大変なことになるからって事も話したじゃないか」 「だぁーもう!!俺は関係ないっつーの!だいたい、帰りたがっているのはコイツの勝手だろーが! だったら自分で帰る方法探しに行きゃいいだろ!俺に付いて来んな!」 緋色の頭をがしがしと掻き毟り、吐き捨てるように言う。 「なっ…」 は、咄嗟に生まれた自分の中の膨大な言い分の整理がつかず、絶句する。 ガイも、さすがの傍若無人なルークの発言に嘆息した。 「あきらめろって、言ったろ。もしがどこかで問題起こした時、お前、責任取れるのか?」 しかし、このガイの発言も、のコメカミを引き攣らせるのに、充分な威力を持っている。 一連の事といい。 ここに来てからの扱いといい。 を透かして繰り広げられる言葉の応酬といい。 いっこうに、改善が見られないのはどういう事か。 「………あの」 怒りに叫びそうになるのを極力抑えこんだ声は、自分でも驚くほど低く、絞るようで。 「…あなたは、解ってないみたいだからしょうがないですど」 初めてまともにルークの方を向いて、言葉を発したに対して、相手はムッとした顔になる。 それを気にしないようにして、ガイに視線をうつした。 「ガイさん。私、言いましたよね、牢屋で……人間だって」 言われたガイは、どこか、しまった、というような表情になる。 「すまない…。解っては、いたんだが」 「つい、じゃないです。わ、私は、普通に生活してて、そっちが勝手に呼び出したんだし…」 バイトでも、アパートでも、人と話すことも意見をいう事も殆どない。 こんな風に長く喋るのは実に久しぶりで、不思議で。ちゃんと話せているのか、声が震える。 ましてや、目の前にいるのは苦手な異性、それも二人。 でも、言わずにはいられない。 「それなのに、帰れないっていうし。…サー何とかっていうのはよく解らないけど、私は、人間ですし…普通の。 だから責任がどうだとか、問題をおこしたら、だとか。……そんな風に言われたら傷つきます」 ガイは今度こそ、笑みを完全に引っ込めて申し訳なさそうな表情をしていたが、ルークの方はと言うと、 一本、また一本、と眉間の皺が増えていく。 「でも、更に嫌なのは…これが全部、暇潰しなんかで、誓約だかで身体が変で、 気に喰わない事があったら痛い目にあうっていう、どうにもならない状況だっていうのに」 「ああもう!うるせーっつの!!」 心に溜めに溜めた愚痴はまだまだあるが、我慢の限界に達したルークに言葉を遮られる。 そうして、ほら来た。それを皮切りに、"誓約の痛み"が圧し掛かるように襲い掛かかる。 「…っ」 歯を食いしばるが、到底耐えられるものではない。「耐えられない」ように仕組まれている痛みなのだから。 「お…おい!」 ふらりとした所を、支えようかとガイが手を伸ばした先で、は、だんっ!と足をついて踏ん張ってみせた。 「謂れのないヤな視線が刺さってくるし、もう何もかも嫌で腹も立つけど、一番許せないのは」 「うるせえって、言ってるだろ!黙れよ!」 「…っ!!」 どうやら、ルークが怒りを強める程、段階をふんで痛みが増すらしい。四肢が千切れ飛びそうな中で、 意識を気力で繋ぎとめた。額といわず、体中から嫌な汗がにじむ。 だが、しかし。ここで負けてなるか。今までどんな理不尽にも耐えてきた。 耐えてきたというよりは、逃げ出して、見ぬふりをした。 けれど、今、この少年だけは許せない。 とにかく、絶対にこれだけは言わせて貰う。 「あなたがっ、…一度も謝ってない事よ!!」 |
ルークと夢主、感覚や考え方が正反対。喧嘩ばかりです
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