朝食戦線、再び





夜の陰に長らく晒された水道から出る水は、ひやりと冷たかった。
真鍮のじょうろ一杯に汲んで腰を上げると、東からの目映い光が、老眼を刺す。
今日も、変わらず朝が来る。
まだ世界の全てが目覚めるには早すぎるけれど、運ばれてきた微かな風には太陽<レム>の匂いが含まれていた。
きっと、今日一日は穏やかな気候になるだろう。
満足げな笑みを人知れず口元に浮かべると、庭師の仕事に従事すべく中庭へと向かう。
するとそこに見つけた光景に、思わず「おや」と声を上げそうになって慌てて口を噤んだ。
ルークと親しい関係にあるガイとは違い、庭をいじる位しか赦されない身分では、様子を見に行く事も出来なかった。
久しぶりに見た、少しだけ毛色の違う貌。以前は翳っていたように思うそれが、幾分明るくなったような気がする。
目を閉じてベンチに身を預けるの膝の上には、意外すぎる人物が高いびきをかいていた。
ここ最近の癇癪や機嫌の悪さなど何処へ行ってしまったのかという位、健やかな寝顔に意図せず頬が緩む。
いったいぜんたい、どうにもかみ合う事の無かった二人に、何があったのかを詮索する気などない。
人知れず笑みを漏らした後、やれやれ、と肩を竦めて相部屋の彼を呼んでくるべく中庭を後にする事にした。









(うーん……もうそろそろ起きなきゃ……)
と、浅い眠りの中では名残惜しくそう思った。
寝坊をする人間と、寝坊をしない人間。さてその違いは、自己覚醒能力に因る…という事云々はよく解らないが、
数少ない上に、あまり世の為にならない自分の特技の一つに「目覚まし時計よりも早く起きられる」というものがある。
その信頼度は限りなく低いものであり、5回に1回は目覚まし時計に叩き起こされるが。
そんな朝の不快感たるや、筆舌に尽くし難いものである。
我が家の目覚まし時計というのがまた、音色を選べたり音量すらも変更可能なスペックを備えていたのなら話は別だ。
しかし105円で売られ、その上で製造元に利益をもたらすべく構築されたそれには無理な話である。
馬鹿の一つ覚えに加減の無い騒音を、時間どおりに鳴らすという他の芸当はない。
当然、心臓に悪いからとお手柔らかには起こしてくれないし、隣部屋への配慮もない。
(うう……そろそろ動き出さないと鳴っちゃうってば……)
起きる時間が人より早いため、早朝の騒音に苦情が来たこともある。
そんなわけで、自然と自分で起きる癖がついたというわけだが。
(よし、今日も何とか鳴る前に起きられ……………って、あれ……あの時計って)
気力を振り絞って、うっすらと目を開けると、何か赤いものが霞みながらちらりと見える。
夢と現実が交差しつつ覚醒を迎えたその瞬間。
(……電池切れてたんじゃなかったっ)
どすっ、という、あの断続的な金属音とは違う…何とも生々しい衝撃が仰向けの腹を襲う。
「……くげぇッ!?」
思わず漏れ出た悲鳴、でなく奇声は、ここがあのボロアパートだったなら目覚まし音よりさぞ迷惑だったろう。
絶対また、あのただれた雰囲気を纏う化粧の濃いおばさんが嫌味たっぷりの苦情を言いにくるに違いない。
そう、もしもここがあの、傾きかけた安普請だったなら。
「おっ、やーっと起きたかよ。……ったく、トロいんだよ地味ゴリラ」
ここはどうやら貴族のお屋敷という高貴な場所だけれども、住人の性質の悪さはあまり変わらない。
いや、何だか良く解らないけれどもいきなり足蹴にされてるあたり、環境は悪化しているのだろうか。
「…………」
空も見えなければ、ましてベンチの上でもない。
どうやら、ここは昨夜辿りついたルークの元の部屋らしい。勿論、ベッドではなく床の上である。一体いつの間に。
すべすべの大理石を背中に感じながら、相も変わらず憮然と人を見下す赤毛少年ごしに高い天井を見て息をつく。
人を踏みつけるとは非道もいい所だが、昨日までの態度を思うと随分砕けているというか、遠慮がなくなったというか。
うん、全く女扱いされてないね。これはアレだ。やっとマイナスからゼロになったって感じかな。あははははー嬉しいな。
「………あのー……ルーク様?」
「"様"づけすんなっ。キモイっつの!」
呼びかけると、気に障ったらしく片眉がつり上がる。
実際、腹の上にあるおみ足には力は加えられておらず、のっかってる状態というのが正しいが、何とも屈辱的である。
「……ルーク。この世界では人を足蹴にして起こすのが主流なのかなあ……」
呼び方を、昨夜彼が示唆したように訂正すると、眉の位置が元通りになって小馬鹿にしたような表情に戻る。
「んな訳あるか。寝惚けてんのかお前」
至極呆れたように言ってのけられた。だが、有り難くもお蔭様で目はしっかり覚めているわけで。
「いや、あのう……無闇に人を踏んではいけないって習わなかった?」
「特に習った覚えはねーな」
そりゃそうだろう。少なくとも私も記憶にはない。習わなくても普通はしない。
というかいい加減察してくれ、と、コメカミに青筋がピキピキと浮き出てくる。
「……じゃあ!これは世間の常識として覚えておいてねルーク。『人を踏んではいけません』!」
「へいへい」
馬鹿に素直にきくな、と不審げにルークを見上げるが、特に怒るでもなくいつもと変わらぬダルそうな視線で見下ろされる。
視線が交差しそうになって思わず慌てて目を逸らすと、腹に置かれたままの、上等のブーツを履いた足が目に入る。
「……なら、どかそうよ、足を」
返事だけか。行動には移さないのか。
そう言葉を掛けるとルークは へっ、と口の端から息を抜いて腕を組みなおした。
「だってお前ペットじゃん?」
「だあああもー!訂正するわよ訂正!『生き物を踏んではいけません』!!『生 き 物 を』!!」
文句無しに広範囲だろうが!これなら私も当然含まれるだろどうだこのやろう!!
と、目から心の汗を散らしながら仰向けにわめきたててやる。
彼が此方を女扱いしない事は解っていたが、それ以前に未だに人外扱いとは。
「……ぶっ」
と、突然すましたような顔を崩すと、ルークは可笑しそうに腹を抱えてくつくつと笑い出した。
何だいったい、と、怒りながらも当惑の表情を浮かべていると、足が退かされる。
「馬鹿じゃねーの、お前。ムキになりすぎ。あー腹痛ぇ」
人を踏みつけておいて可笑しそうに笑うルークに、更なる怒りを覚えるというのが普通の人の感覚ってものだ。
確かに腹も立つのだが、それ以上に、何だか、少し嬉しいと思ってしまうのが不思議だ。
本当に仲直り出来たんだな、とか。ガイじゃなくて私との掛け合いでも笑ってくれるようになったんだな、とか。
少しずつ、歩み寄れて来ていると感じられる事に、喜んでいる自分がいるのは確かだ。
「……ま、ペットな事は変わんねーけどな」
非常に悔しい事ではあるが。











「うわ、もう10時!」
備え付けの置時計をふと見て、起きた事のない程の予想外の時刻に驚く。
自己覚醒を特技と思い込んでいる身にしては、随分な寝坊である。
確かに昨夜寝る…というより意識を失う時刻が遅かったために、体内時計がその分ずれた事もあるだろうが。
テーブルに並べられた二人分の朝食を挟んで向かいに座るルークが、頬杖をついて悪態をつく。
「だからトロいってんだよ。お前のせいで冷めたメシ食うとか、ありえねえし」
だったら私なんかほっといて食べに行ったらいいのに……というツッコミは口には出さない。
その考えを察したのだろうか、ルークは釘刺し、とばかりに半眼で此方を睨む。
「いーか、勘違いすんなよ。こっちに運ばせた方がメシ食うのが楽だっただけ、なんだからな」
貴族の食事といえば、傍に控えるメイドに世話を焼かれつつ、細かいマナーに沿って厳かに行われる、というイメージだ。
ルークの様子からして間違っていなさそうだし、その言い分は本当だろう。面倒そうだというのは頷ける。
そんな言い方しなくても、と一瞬思わなくもなかったが、折角用意して貰えたんだし文句なんかない。
こちらとしても、やっぱり一人で食事をするよりは、誰かが一緒にしてくれた方が断然嬉しい。
「うんうん、解ってる。用意して貰えただけでも有り難いし、その上一人じゃないのは嬉しいもの」
「………。しょーがないから、一緒に食ってやるってだけだからな」
食物を前にすると舞い上がってしまって、口数が多くなるのか、スルッと素直にものを言ってしまう。
まんざらでもなさそうな様子のルークは、悪態をついて照れ隠しをしている様子だった。
(……はああぁぁ……もう本当に、まだ夢を見てるみたい!)
あらためてテーブルを見渡し、絵にもかけない光景に感激する。
色彩鮮やかな豆を中心に野菜のたっぷり入ったスープ。
焼きたての柔らかそうな白パンには、木の実と蜂蜜で作った芳醇なジャムと濃厚なバターをお好みで。
こんがりと直火に炙られて肉汁の浮いた、分厚いベーコン。サイドを新鮮な野菜とスクランブルエッグが飾っている。
その他、小料理が載ったどの皿も、料理人の並ならぬ腕が存分に振るわれたのが窺える。
デザートは数種のベリーを細かく刻んで入れたババロア。旬の果物の盛り合わせ。
楽園は、ここにあった。
(空腹は最高のスパイスだと言うけれど……この状態でこんなの食べたら私、昇天しちゃうんじゃないかな……)
ここに来て初めて味わった贅沢は、一生忘れる事はないだろう。時間を気にする事無く、食料配分を気にする事無く、
対価の支払いを気にする事無く食べてもいいなんて。
数日分の食費を一気に使い果たしてしまうような献立を前に、感激にむせび泣く他何が出来るというのだろう。
「何度も聞くけど、これって本当に私が食べてもいいものなのよね?」
「何度も聞くけど、お前は何でそんなにメシごときで大騒ぎすんだよ」
テーブルの向かい側で呆れかえる同席者は、当然な事だろ、とでも言いたげに半眼で睨んでくる。
とにかく、食べていい旨を確認してから「いただきます」と深々と頭を下げて手を合わせる。
以前にもルークはその行動を不思議そうに見ていたが、今回も僅かばかり片眉を上げて小首を傾げた。
「それ、何やってんの?」
「え? えー、と……"いただきます"って、こう……食べる前にするもんだよ」
相変わらず説明力の無さをどうにかしたい。
案の定何だそりゃ、と顔を顰めるルークに、食事前のお祈りみたいなものだと何とか言い繕った。
「ふーん。…………ん」
新しく覚えた事や物珍しい事は、一応自分も試してみたいらしい。
半分やる気の無さそうな表情で、怪訝そうに手を合わせている様子が、何とも似合わない。
(何だろう。な、何かこの人可愛いな……)
笑っちゃいかん、と震えそうになるのを抑えつけ、朝食に向かう事に全気力を向ける。
思えばまともな食事というのも、随分久しぶりだ。昨日は謎のテリーヌ(食事とカウントしてもいいのか微妙)だったし。
嬉々としてバターをたっぷり塗ったパンを頬張る腹ペコの此方に対し、ルークは紅茶のカップの中身を片付けると、
スープに口をつけている。それから、好みだろう皿の料理に手を付け出した。
(………あれ?)
以前朝食を共にした時に目にしたような流れのような、気が。
手元に注がれる視線に気がついたのか、食事の手を止めたルークが「何だよ」と此方をねめつけて来る。
「え、いや、別に。………えーと、あっ、その皿の端に作ってる野菜の丘は何なのかなって……」
苦し紛れに指した先には、確かにスープやサラダから避けられたニンジンを主体とする野菜が積み上がっている。
好きなものは集めておいて、後でいっぺんに食べる、という意向では決してなさそうだが。
痛いところを指されたかのように、ルークは目を背ける。
「……るせーな。黙って喰えよ」
食べますとも。こんな美味いもの、何者にも邪魔されず、五感全てを導入して味わいたい、けれど。
「まさか、残すとかいうんじゃ……」
引き攣った笑いで窺いつつも、嫌いな物を残すなんて、ルークなら有り得過ぎる。
でも本当にそうなら、見過ごせるものではない。ルークが機嫌を損ねるのが解っていても問わずにはいられないところだ。
「だったら何だよ!お前には関係ねーだろ。ほっとけよ」
鬱陶しそうに眉を寄せてルークが呻くが。
「そ、そんなの。関係なくなんてない……放っておけるわけないじゃない!」
フォークを持つ方とは逆の手を拳にしてテーブルの上で硬く握り、毅然と言い放つ。
思いのほか強くなった語気に、驚いたルークが丸くした眼を此方に向けた。
「お、お前……」
厳しく眉根を寄せる此方の表情に、自然と彼の顔も強張った。
張り詰めた場の空気に呑まれ、本来の主人は言葉を発する事が出来ずに固唾をのんでこっちの出方を窺っている。
構わず、皿の隅っこに追い遣られてしまった野菜をひたすら真剣に見つめ続けた。
「駄目だよルーク。残すなんて、そんな……」
すると、ルークの何に対しても不遜な表情は形を潜め、心底困ったように翠色の瞳が所在なく彷徨う。
意味も無く、利き腕である左手に持つスプーンがスープの底をしきりにさらっている。
対応に窮したのか、結局、ふん、とルークはそっぽを向いた。
「な、何だよ。お前に指図される覚えねーし。何食おうが俺の勝手だろ」
「ルークが食べないっていうなら…………私が食べてもいいかな、勿体無い」
ほっとけない。そのままじゃ生ゴミになってしまうし。
「……ってそっちかよ!!」
光速でツッコミを入れるルークが投げ放った銀のスプーンが、勢い良く額にクリーンヒットする。
「いたっ!……い、要らないんなら、食べたいよ。こんなに美味しいもの……」
どうやらこちらの思惑と、向こうの考えにズレがあったのが言葉の端から窺えたが、それよりも。
目の前で食べられる物達が非業の最期を迎えようとしているのを見て、黙っていられようものか。
当然の事を申し出たはずなのにこの仕打ち。金属が当たって若干ヒリヒリするおでこをさすりながら抗議すると、
それを跳ね返す勢いでルークがテーブル越しに身を乗り出してくる。
「……お前な!ちったぁ"ご主人様"の身体を心配するとか、そういう精神はねーのかよ!」
好き嫌いは身体に良くないと自分で解っているならしなければいいのに。
「いや、そんな事!ちゃんとあるって!心配だし……でも、私より周りから散々言われてるんでしょう?」
怒りに任せて顔を近づけられる分、ひい、と後ろに上体を反らせつつ必死で言い返す。
ルークの言う事は確かに尤もだし、野菜を食べない彼を全く心配しなかった訳じゃない。
開口一番じゃなかったのは申し訳なかったが。
しかしながらこれだけ過保護な環境なのだから、彼への苦言やお小言なんかは日常茶飯事だろう。
何年も彼に接している親や使用人に掛かっても、この性格を矯正出来てないというのに。
いまだ出会って間もない、やっと打ち解けて24時間も経ってない自分が言える立場でもないじゃないか。
「そりゃま、そーだけどよ……」
「まあ多少バランス悪くても空腹が何日も続けば、例え野菜じゃなくたって身体は何でも栄養に変えようとするし」
いい加減体勢が辛いので、彼の機嫌を取るつもりでそう言って笑顔を向けたのに。
ウンザリとした、妙に納得するかのような表情を向けられてしまった。
アレか、さすがゴミ山で生き延びた奴だとかそういう風に思われてるんだろうか。知らず笑顔が哀しく歪む。
「………ですから、残されるのなら私が食べましょうかと……」
思うのですが……と、苦し紛れに結論に結びつけると、盛大に溜息をつかれてしまった。
「……そーいう問題じゃねーだろ」
眉を顰めて独り言のように吐き捨てると、ルークは脱力したように元の自分の椅子に腰を戻した。
そうして、更に苦味を含んだ眼差しで野菜の丘を睨みつけると、フォークを持ち直してそれを崩し始める。
もともと料理人の気遣いで、ルークの食べやすいように、野菜は出来うる限りの工夫を施されてされていた。
後は本人の気分と心意気次第だろう。
「……あ、食べるの?」
敵に対峙するかの如く、味わう事無く口に料理を運ぶ。
いい事…なんだろうが、食物にすればあれだけ不味そうに摂取されるのも切ない気もする。
目を丸くしていると、不機嫌を眉間に露わにしたルークが恨み節の如く言葉を掛けてくる。
「何かムカつくし。お前がこれ以上ブスになんねーように食ってやってんだから、感謝しろよ」
なるべく噛まないよう、勢いをつけて口に放り込み、冷めかけた紅茶で一気に胃に流し込む。
それも消化に非常に悪そうな行為だけに、結局身体にはいいのか悪いのか。
呆れて見つつも、取り合えず聞き捨てならない言葉が耳に入ってきた事の方が問題だ。
「ぶッ………そ、そういう事は、思っててももうちょっと何かに包んで言って欲しいな!?」
グッサリと串刺しのハートを隠して言い返すが、動じた様子無くルークが、ピ、とフォークの先端で此方を指す。そして。
「お前さぁ、真面目な話、食い意地張りすぎなんじゃねーか?」
「ヴッ!?」
ゴ――ン、と、重い重い鐘が、脳内で思い切り強く打ち鳴らされたような気がする。
いや、その通りじゃないか。勿体無いという精神は食い意地に繋がるものがある。そんな衝撃を受けなくても。
食べ物は何よりも尊い。それを欲して何が悪い。
「い、あ……う」
「別にお前が何食おうと、こっちもどーでもいいけどよ。普通に一人分以上食ってて、腹平気なの?」
なのに、怒りよりも、悔しさよりも、もっと大きく重く心内に響き渡るこの気持ちは何だろう。
ルークはいたって此方をショック状態に叩き込もうとした意図は無いらしく、淡々と料理を片付ける。
一足先に食事を終えると頬杖をつき、テーブルを挟んだ向こうから無遠慮な視線を此方の下から上へと走らせる。
それから逃れる気力も余力も此方には無い。
「確か、女なんだっけ?にしちゃあ、ナタリアとかメイドの奴らとかと全然違うんだよなあ、お前って」
"お前は他の女達とは違う気がするぜ"
昔、図書館で読んだ少女漫画に、主人公が格好いい男の子から言われるシーンがあったが
まさかその憧れのシーンを間逆の意味で体験する事になろうとは。
またいつもの憎まれ口かと思いきや馬鹿に正論だし、ルークは純粋に疑問を投げかけただけらしい。
輪をかけてショックである。返す言葉も無い、一つとして。
「……え……えぇ……と……」
君、女ってみんな綺麗なもんだと思ってない?とも聞きたがったが、そうじゃない。
残念ながら、認めざるをえない。
貧乏という理由をつけて実は食い意地が張っていただけというのも、普通の女性のする努力を怠っていたのも。
「それでいいのか?」と問われたら首を縦に振れるわけもなく、只々、妙な温度の汗を噴出す他ない。
素材が悪いとは言っても、努力で出来る範囲を何とかしようとしていないのは、自分が悪い。
以前なら「ほっとけ」とやさぐれただけで済ませていたかもしれないのに、どうした事だ。
「あの……その……な、"ナタリア"さんって……どなた?」
とりあえず何とも言えず、咄嗟の逃げの話題転換だった。
が、そういえば実際本当に一体誰なんだ?と、質問してから疑問が深まる。
大本の記憶が無い上に、(興味の無い)人の名前をあんまり覚えようとしないルークが、あっさりと口にした女性の名前。
特に懇意にしているメイドもいないようだし、この屋敷で使用人以外の女性といえば母親のシュザンヌしか自分は知らない。
先程投げつけられて床に落ちていたスプーンを拾いながら、おずおずと訊ねると、

「ルークの婚約者で、この国の王女……ナタリア姫の事だよ」

と、窓際の方から第三者の声が掛かった。


久々の掛け合いのみ

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