形無き贖罪





暮れた空を外に見て、むっつりとロータスは手の平に顔を預けて唇を結んでいた。
ルエベウスのロビーはちょっとした休憩所も兼ねており、柔らかなソファーが机を挟んで向き合っている。
そこで暇を潰せるものと言えば葉の先が枯れかけたまま放置されている観葉植物か、
暗鬱な風を呈する薄闇の旧市街が良く見える大きな窓。
後者を選んだはいいものの、こんなつまらない所でいつまでも待たされたのでは堪ったものではない。
作業員の殆どが帰宅した後、音素灯に控えめに照らされた空間で一人ソファーに腰を沈めて、足を組みなおす。
(あぁ、まったく……残業手当はつくんだろうな……)
口にこそ出さないものの、心の中の不満だか本音だかを表情に隠す事なく押し出して舌打ちする。
本当ならとっくに自分の勤務時間は終わっているはずなのに。
けれども所長様から直々のお呼び出しともあらば、嘱託の分際では断れるはずも無い。
まして、大量の始末書を寝ずに書かせて頂いたばかりの身分であれば尚更。
この突然の呼び出しには、半ば覚悟というか諦めが伴っていた。残業手当なんか付かない事も。
それどころか。
(明日からどうするか……バチカルで他の働き口を探すか、ベルケンドに戻るか……シェリダンに行くってのも手だな)
独断で施設の機能を停止させた人間がそこのトップに呼び出しを喰らうとしたら、辞令を渡される他何があるだろう。
以降の自分の身の上を冷静に考えつつ、あまりの運の無さに嘆息する。
全ての元凶はあの日、自分が出勤していた事。
回避しようのない、正に運が無かったとしか言い様がない事だった。
こんな事なら、あの使用人や得体の知れない女の立場を汲んで、ぼかした内容の始末書なんか
書くんじゃなかった、と息をつく。折角、正規ではないものの、王都で趣味の勉学に通じる職にありつけたのに。
(取り合えず実家には連絡を入れて、後は職員寮の荷物を纏めに……)
「やあ、待たせてしまってすまない、ウォースリー君」
これからすべき事の手順を考えている所に、落ち着いた初老の男性の声が重なった。
慌てて姿勢を正して振り向くと、白髪の少し混ざった、白衣の小柄な男性が立っている。
立場が違いすぎて、普段はあまり接しない人物から名前を呼ばれるのは、何だか不思議な感覚だ。
「いっ、いいえ。自分の為に、お手間を取らせてしまって申し訳ありません、所長」
立ち上がって頭を下げようとすると、「いいから」とばかりに彼は胸の前に手をやって小さく制した。
「それよりも、本題に入ろう。例の日……第三高炉に緊急停止措置が取られた日、君は出勤していたのだね?」
いやに早急に、しかもストレートにきたな、と、ロータスは苦い思いを隠しきれずに僅かに顔を歪ませながら頷く。
出勤していたも何も、高炉を止めたのが自分である事なんて、始末書を提出したんだからバレバレだろうに。
「それは……はい。ですが、報告した通り、反属音素同士の干渉の危険性が予測されたからでして……」
無駄とは解りつつも、最後の悪あがきをする位の権利はある筈だろう。
しかしそれに対しても、所長はどうでもいいとばかりに言葉を被せて来た。
「ああとも。真に英断であったと思うよ。それよりも、あの日いた研究員は君だけ、という事に間違いないね」
「え?……はぁ、恐縮です。……はい、あの時は自分しか居なくて……処理部の方には正職がいたんですが」
責められても、「英断」とまで称される事に覚えがなく、戸惑いがちに頭を下げる。
所長の聞くところの意図を掴めなくて、取り合えず問われるまま答えるしかない。
何だろう、責任の行方についての追及だろうか?段々きな臭さを感じてきて、心持ち半歩、さり気なく後ずさる。
「そうかね。………ところで、君に嬉しいニュースと、会わせたい方々がいらっしゃってるんだが」
クビになるかと思っていた手前、所長の言葉に、驚いて目を見張る。
こちらの返事を待たずして、所長は後ろを振り向きどこぞかに会釈をすると、呆けている自分の横に並んだ。
通路の先から二人の人間がこちらへ近付いて来る。やがて規則正しい行進のような硬質な足音が目の前で止まった。
「初めまして。王国軍第一師団団長のゴールドバーグです」
「セシル少将であります」
発言した順番に、禿頭の無骨な大男と可憐な淡い金髪の女性である。
二人は頭を下げたが、ロータスはあまりの事にそれに倣う事が出来なかった。変わりに、とばかりに所長が頭を下げる。
まったく話に、ついていけない。
説明を求めようと所長を見るが、彼は硬い表情で相手と向き合うように促してくるのみである。
「は……初めまして。自分は……」
「ご紹介ならば不要です。ウォースリー殿」
やっと搾り出せた言葉は、けれど有無を言わせぬ調子で遮られた。
何故、軍人なんかが自分の事を知っていて、こんな所に来るんだろう。
しかも、師団長に少将だなんて、一般市民としては一生関る可能性のないかもしれない階級の人物である。
訳も解らず二人の厳しい顔を見るが、何かの冗談のような気配はない。
キムラスカ・ランバルディア軍を謳う赤い軍服が、何よりも現実である事を主張している。
「……どういう事ですか?おそれながら自分は……」
「これは失礼。我々が一方的に貴殿を存じているのです」
怯みつつも、この非常事態に際して流されまいと、髭の大男を見上げる。女性の軍人は横で静観しているだけだった。
ゴールドバーグが言葉を続けると、豊かな髭が揺れる。
「先日ご提出なさった『論文』を拝見させて頂いた。こちらとしましても、非常に興味深い内容でした」
「“こちら”……とは?生憎ですが、軍部に評価頂ける事をした覚えはありませんが……。
 ……あと、自分は『始末書』なら書いた記憶があるのですが」
しかも提出したばかりのそれが素早く他所に回されるなんて。
何もかもおかしい。
これは、もしかして、「関わってはいけない事」だったんじゃないか?
確かに知識を探求する事が楽しくて、この道に身を置いてはいる。
しかし人には領分というものがあるという事を、解っているつもりだったのに。
「いいえ、ウォースリー殿。あれは素晴しい『論文』でした。それに際して、その才智を我々に提供して頂きたく参じました。
 是非に明日付けで正式な国の研究員として、ご協力願えませんか」
冗談じゃない。趣味程度の知識で何が才智だ、あの難関の試験を突破しないでどうして国の研究員だ。
こんな事になる原因といったら、アレだ。多分、あの音素の通用しない正体不明の生物に関ったから。
自分は踏み入り過ぎたのかもしれない。何かに。
「……今ここで辞表を提出しても、受理されないんでしょう、ね?」
「…………」
誰もが黙って、表情無く此方を見ているだけだった。やがて動かぬ状況を諦めたロータスが、緩慢な動きで頷く。
「承知しました」
普通の人生なんて、どこでどう転ぶか解らないものだと、心に痛く感じた。















「……どうです?」
遠く、誰かが問う声が聞こえてきた。
瞼の裏の暗闇の中、覚醒に近付きつつも、はまどろみに身を委ねる。
身体が、グニャグニャした感触の中に投げ出されている。ああ、これはまたベッドの上なのか。
身動きが取りづらく、非常に寝苦しい。
それ以上に、腹の中……内臓に、ざわざわピリピリとした違和感があって気持ち悪い。
最初の声が聞こえてきて暫らく、ややあって別の声がそれに答えた。
「何と言いますか……テカテカ、ですな」
どういう会話なんですか。
朦朧とした意識の中で声無くツッコミを入れつつ、身じろぐ。
「いや……それは見りゃあ俺にも分かりますって。聞きたいのは、の容態の方なんですけど」
案の定酷く呆れた調子の声が返される。聞き覚えのある声――多分ガイだ。
薄く目を開けると、先程と場所は変わらないようだが、照明に照らされた天井が見える。
ゆっくりと視線をずらした先には見知らぬ壮年の男性と、その向こうに金髪の使用人とメイドが椅子に腰掛けていた。
「……あ!あなた、大丈夫なの!?」
ベッドの脇に控える彼らの中で、まずメイドと目が合った。気付いて、腰を浮かせると此方に身を乗り出してくる。
「カル……ふぐッ……!?」
少女に対して名前を呼び返そうとしたのだが、途端に襲って来た猛烈な吐き気に思わず口を手で塞ぐ。
予想以上に自分の内部に不快感を覚えた事もそうだが、顔に触った時の感触にも驚いた。
まるで油を浴びたかのように、全身がぬるりとした汗で覆われている。
「、気が付いたんだな。……よかった、無事で」
ほう、と安堵の息に肩を下ろして、横にいた青年の青い瞳も細められる。
どう見えているのか知れないが、あいにく言われる程無事じゃないんだが。
聞こえた声は予想通りガイのもので、見慣れる事の出来ない端整な顔がこちらを覗き込んで来る。
もう少し体調がよければ、仰け反って身を引かせたところだが、生憎そんな元気は今は無い。
使用人二人の言葉を聞いて、白衣を着た男性もこちらを振り返ってきた。
「ああ、意識が戻ったようですね。多分もう大丈夫です。そうじゃなかったらアウトでしたが」
「落ち着いて極端な二択並べないで下さいよ……あと、多分って何ですか」
恐らく、風体からしても医者なのだろう。
随分と呑気かつアバウトと思える診断に、ガイが目を眇めて低く問うが、それに対して
心外だとでも言いたげな表情で「あのですね」と医者は眉を顰めた。
「そもそも、こんな非常識な身体の方を相手に、まともな診察なんて出来るわけがないでしょう。
 投薬も逆効果だったなんて……」
言いながら、ベッドの横のキャビネットに広げてあった薬ビンや注射器などの器具を、落胆した様子で片付ける。
公爵家に任せられる程の名医だろう彼の試行錯誤の結果も、には役に立たなかった。
ぱちん、と大きな黒い鞄のがま口を閉めると、ガイ達を一瞥した後こちらを向く。
「確かに、多くの薬品類は生物の血中音素に対して効果を発揮しますからね。そちらのお嬢さんが仰ったように
 毒が効かなかったのなら薬も当然。言及していただけなかったら、衰弱死する所でした」
常識に捕らわれていた私の落ち度ですね、すみません、と頭を下げてくる男性を複雑な気持ちで見遣る。
それってこちらの常軌を逸した身体が悪いっていう意味なんじゃ。
「まさか音素に関与しない身体があるとは……」
音素、か。
エネルギーという形だけではなく、彼らが言うには、この世界の物質全ての構成に重要なものらしい。
常識、と言われたって、こっちからしてみればそんなモノ、持ってない方が普通なのだが。
そんな認識の違いで死に掛けたんじゃ堪ったもんじゃないな、と背筋を震わせた。
「それはそうと……何をやってこんな状態に?昼前までの栄養不足がいきなり回復してるみたいなんですが」
医者は居住まいを正すと、訳が解らないのには慣れてしまったという様子で問う。
回復と言われたけれど、少なくとも具合のいいものではない。
酷く気持ちが悪くて、お腹が痺れるように痛くて、皮膚が火照るような感覚で。
油のようなぬるりとした汗が絶えず噴出してくるのも異常なのだが、それを病名として言い伝える術を持たなかった。
口を開くと嘔吐しそうになるので、ひたすら困惑顔で疑問符を浮かべる事しかできない。
それを察したようで、医者は眉をハの字にして肩を竦め、横の使用人二人に問いの答えを求める視線を投げた。
「いや、俺は知りませんけど」
矛先を向けられたガイは一瞬目を見開くが、心当たりが無いと首を振る。
大体にしてここに医者を連れて来たのは彼なのだから、それはそうだと視線の対象は一人の人物に絞られた。
「そ……」
場に居る者全員から注目を浴びる事になったカルミアは、そのプレッシャー思わず俯いてしまう。
「それは……」
「もしかして、またを……」
言いにくそうに言葉を躓かせるカルミアの様子に、横で聞いていたガイの顔が醒めたように強張る。
予測したその言葉の先に対して、途端目を吊り上げたカルミアが抗議するように「違うわ!」と叫んだ。
「だって、何日も食べてないって言うから……と、とにかく何か食べさせなきゃって、思って……」
言いながらちらりと向けてくる視線にこちらの視線がぶつかると、言葉を返す暇無くカルミアは怒鳴りつけてくる。
「うるさいわね!アンタにはちゃんと謝って貰ってないんだから、死ぬなんて許さないわ!」
「うるさい」と言われても、こちらは何も喋ってないのだが。
助けるような、でも結果は脅かすような形になったのが自分でも気に入らない、というジレンマに陥っているらしい。
気を立たせるカルミアを恐れて少し離れた場所から、まあまあ、とガイが頬の端に汗を伝わらせて宥めすかした。
「嫌な言い方をしちまってすまない。でも、そのつもりがなかったんなら、一体どうして?
 毒も薬も効かないのなら、食べ物だって同じなんじゃ……」
カルミアの方を向いて発した質問だったが、「いいえ」と別の方向から落ち着いた声が返される。
「人体もそうですが、物質は音素と原子で構成されています。譜術や薬は音素に対して力を発揮するもので、
 個体の成長や細胞の生成には殆ど関与しません。例え譜術で傷が癒えても、人が本来の回復に至るには
 栄養の摂取と休息が必要なんですよ」
つまり、と、医者が続けるより早く、ガイが理解を示しての方を見る。
「音素では回復しないけど、食事だとか、物理的な方法でならも回復が可能って事ですか?」
「彼女の場合、音素に頼る部分が無い分それが顕著みたいですね」
ぺり、と頬のテープを剥がして、消えかかった傷の具合を確認してくれる。
自分の結論に医者が頷いているのを、どこか人事のようには見ていた。
怪我や病気はそれこそ、栄養摂取と休息でしか直す術がなかったものだと思う(治療費勿体無いし)。
むしろそれ以外の方法云々で治る治らないと騒いでいるのが不思議に見える。
「食べるものにもよる、というのは大きく掲げたい所ですがね。勿論音素でなくとも身体に毒なものはありますし。
 で、一体お嬢さんは何を食べさせたんです?これはちょっと異常ですよ?」
またも全員から注目を浴びる事になったカルミアは、目を逸らしつつ自供するように唇を動かす。
「ち……厨房にあった緑の……。だって綺麗に盛ってあったし、食べられないものだなんて思わないじゃない!
 あんな鮮やかな緑色のテリーヌなんて珍しいとも思ったけど、ほうれん草とか……かなって」
「ほほう、料理長殿のテリーヌですか。絶品でしょうなあ」
必死に自己弁護を交えながらも、正直に言うカルミアの言葉にフムフムと医者が頷く横で、は首を傾げた。
(やっぱりあのテリーヌが良かったというか、悪かったというか……おいしかったけどな……よく覚えてないけど)
過去食べ物でお腹を壊した事は滅多に無い。
多少腐ったものでも平気だったし、野草も案外いけた。摂取したものは、その都度血肉にしてきたと自負する。
でも何か今回のはちょっとキツい。さすがに宇宙は広かった。
「緑……って。もしかして……」
「ん?心当たりが?」
横で考え込んでいたガイだが、「緑」というキーワードに対して眉をひそめる。
この件には関係ないと思われていたガイの反応に、不思議そうにカルミアも言葉の先を黙って窺う。
「体液も緑、肉の色も緑……って、そんな食材を、料理長に頼まれて取りに行ったような……」
「な、何なの……それ……」
緑って。
思わず想像して口に手をやるカルミアを他所に、聞いていた医者が表情を明るくして顔を上げる。
「おお、もしかして」
もガイの話を聞いていて、あまり気分のいい思いをしなかったというのに、医者はそれとは裏腹に
正体が解って納得した、とばかりにポンと手を打った。
「それはもしや、▼〇$☆#□では……」
(え?)
まるでノイズが一瞬入り込んでくるかのように、聞き取れない部分が混じった医者の言葉に片眉を顰める。
「え……▼、▼〇$☆#□……って何ですか?」
聞き間違いかと思ったが、ガイの鸚鵡返しさえ聞き取れなかった事で確信する。
つまり、召喚術の翻訳サポート外の言葉なんですか、そうなんですか。
その後も興味深そうにブツブツ言う医者と、「▼〇$☆#□?」「▼〇$☆#□ねぇ……」と
それぞれ首を捻る使用人達を遠く眺めて、疎外感と哀愁にひっそりと涙する。ああ、異世界って遠いなあ。
「辺境の魔物です。規制が厳しくって、滅多に市場には出回らないのですけれど。
 とても強い滋養の効果があるとして、架空医療の域でも研究が進められているんですよ」
でももう少し実態が明らかになれば医学書にも載るはずうんたらかんたらと嬉しそうに医者が話す。
いや、魔物って何、魔物って。抑えてきた吐き気が一気にぶり返して、思わず涙目になる。
さすがに動植物以外のものは、今の時点では許容範囲外だ。
魔物って言葉から連想するに、何かドロドロした緑のモノが頭の中に浮かぶのだが。
「その……ソレが、アレだったと?」
胡散臭い事この上ないんですが、と言いたそうな顔でガイが問おうとも、真面目な顔で医者は続ける。
“架空”とされてきた医学の発展のきざはしに、興奮する気持ちがあるのだろう。
「実例に倣うと、これは急激な栄養過多による状態でしょう。余った栄養が脂として汗腺から噴き出してるんですね。
 一口ほどの量で数日分の栄養素を含んでいるので、摂取量を誤ればショック状態に……
 ……いや、もしかすると上手くすれば今回のように驚異的に回復出来るのかも」
とうとうと持論だか理論だかを目の前で展開され、は呆れて口元を押さえたまま目を眇める。
ちょうど心の中に浮かんだ考えを、カルミアが代弁してくれた。
「……胡散くさい……」
たったの数時間で治れば、譜術士も医者もいらないという話だ。
単に食べたものが悪かっただけなんじゃ、と眉間に皺を寄せていると、ガイが控えめに呟く。
「けど、さ。確かに傷は治ってきてる……よな……」
改めて腕を片方掲げると、そこについていた筈の擦り傷や切り傷が目立たなくなってきている。
他よりもずっと酷かった肩や足からも、痛みが大分引いていた。まさかの事態に、脂汗でない汗が滲む。
「しかし先にも言った通り、普通ならショック状態に陥る事は解っているんですからね。
 急な回復で全身が過剰反応を起こすか、もしくは細胞の生成に体力がついていかないか。
 今回はこの方が栄養失調だったのと、並外れた生命力があったおかげで……非常に運がよかったんでしょう」
医学者として評価するには興味深い例だ、と笑顔を向けてくる壮年の男性に、
礼を言っていいのかどうなのか解らず、曖昧に口の端を引き攣らせる。
その思いを汲んだのか、向こう側から微妙な表情で二人が此方の心を察するように窺っていた。
結局は、「しぶとかった」というだけであろう。
助かった事を喜ぶべきか、一連の災難を嘆くべきか。
「はは……なんつーか……」
それぞれが腰を落ち着けて一息つく中、ふと、仕切りなおすようにガイが呟いた。
「危うく、悲願達成するところだったな、カルミア」
と、爽やかな苦笑いを浮かべて言う彼に、場を和ませようという以外の他意は無かったのだろう、が。
ガタン、とおもむろに無言で椅子を引いた、目元に蔭を落とすカルミアを見て、その笑顔がピシリと凍りつく。
自分が思うのもなんだが、ガイが言った事ときたら悲しいかな見事なまでにシャレになってない。
「わ、わ――!!わ――!!スミマセン近寄らないで下さいいいいいぃぃぃぃ!!」
カルミアに詰め寄られて、逃れ損なったガイが椅子から転げ落ちる。
病人の前では静かになさい、と嗜める医者の忠告も虚しく、カルミアの怒鳴り声とガイの悲鳴が部屋に響いた。
最初は呆れと同情が混じったような気持ちで眺めていたが、気がつくと、苦笑いを浮かべていた。
「………ふふっ……」
心配をしてくれる人が居る。助けてくれる人が居る。
おかしくて、笑うことが出来る。
そこに小くとも幸せを、感じる事が出来る。どんな場所でも、どんな状況でも。
(……ここがいいんだよね……)
他にどんな楽園が、どこかに存在していようとも。
自分自身に確認するように問えば、返って来るのは「そうだとも」という答えだった。
具合は依然として最悪だったけれど、仰向けに見る天井を通り越して、誓うように思う。
腹を決めたのだから、ちゃんとそれを言わなくては、謝らなくては。許してもらえなくても。
人知れず目を閉じて気合を入れていると、傍らから息を吐く声が聞こえてきた。
目をやると、一通りガイに報復し終わったカルミアが、此方を睨むように見下ろしている。
「とにかく……まぁ、死ななくて良かったわよ。そうやって、自分のした事の馬鹿さ加減を思い知るといいわ」
いや、この状態になったのは、貴方から謎のテリーヌを喰らったからなんだが。
そう思って一瞬眉を顰めるも、彼女の言う所は別にあるのだろう。ずっと、心配そうな様子が滲み出ていた。
言葉に棘はあるが、きっと無謀な事をした自分に対して、叱ってくれているのに違いない。
ガイも(やや遠くから)カルミアの言葉に同意するように頷くと、小首を傾げながら肩を竦めて微笑んだ。
その言葉を察してやれ、と、無言の苦笑いが語っている。
「あ……」
恐る恐る、吐き気に引き攣る喉の奥を震わせて、声を出す努力をしてみた。
一歩間違えれば大惨事(リバース)だ。
故に、更に多くの汗を顔から流す様子を見て、カルミアは眉間に皺を寄せてプイと横を向く。
「何よ。自分が悪いんでしょ?それに、いくら助けたからって、あんたを許したわけじゃ……」
彼女が、何を思っていようが、どんなつもりだったのだろうが、そんなのは関係ない。
ただ、これだけは。

「……あ、りが……とう。ごめんな、さい」

たどたどしく、決して聞き取り易いとは言えないそれに、そっぽを向いていた青い瞳が此方を向いて見開かれた。
人として、いや人じゃなくても、言うべき言葉は、どんなに不完全だろうとも決まっている。
許して貰おうというのではなく、好きになって貰いたいというのでもなく。ただの感謝の言葉。
何も不思議な事はない筈なのに、言われたカルミアは信じ難いような面持ちで、ずっと此方を見ていた。
「………あたしは殺そうとしたのよ、アンタを。……お礼なんか……何で?」
低く、力なく、震えるように呻く。一瞬ともとれるような間に、彼女の顔には色んな感情が過ぎって言った。
悔しさだとか、悲しみだとか、遣りきれなさだとか。ずっと、ずっと背負わなければならない筈だった気持ち。
忘れえない感情は、この先も消え失せる事はないだろう。
重い感情のせいか、やがてまたカルミアは俯いて手の平を硬く握り込んだ。もっと何かを彼女に伝えたくて言葉を探す。
罪は消えない、礼を言う資格など無かったかもしれない。でも。
「……わからない」
人の感情とは、そういうものだ。訳が解らなくても、そうやって言葉にせずには、いられないから。




「アンタは、本当にそればかりなのね……――――」
やがて最後に俯いていた顔を上げると、彼女は困ったように笑った。


俺設定祭り。

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