不公正な聖鎖





「どうしてお前はそうなのだ、ルーク」
「…………」
問われた緋色の髪を持つ少年は、父親の方を見ずに憮然として黙り込んでいる。
仏頂面のまま、反応を見せないルークにファブレ公爵は言い募ろうと身を乗り出したが
横に座っていた公爵夫人であるシュザンヌに押し留められた。
「あなた!ルークは昔の事を覚えていなくて不安だったのですよ!ずっと一人で…きっと話相手が欲しかったのですわ」
「しかしな…」
いささか過保護にも思える妻の物言いに反論しようとするが。
「それに、ルークにあの本を与えたのはあなたじゃありませんか」
「ううん…」
尤もな言い分に、これを機会に説教をしようとしていた気概も虚しく公爵は黙り込むしかなくなった。



何なのだ、この親子は。
通された、これまた豪奢な広間の長テーブルの一角に居心地悪くも座りながら、は動向を見守っている。
ガイも、椅子には座らず卓から少し離れた所に控え、頭を垂れて様子を窺っているようだった。
言動から窺うに過保護な母親に、威厳はあるが妻の押しに弱い父親、過去に誘拐されたショックで
記憶を失い、20歳になるまで軟禁状態であるという箱入り息子ルーク。
ガイの言った通り、事の発端はこのルークにあり、長らくの屋敷の中でだけの生活に飽き飽きしていた彼が
面白半分暇つぶし半分に、正体不明の本に書いてあることをそのまま実行してしまった結果らしい。
その所為で、部屋は壊れるわ兵士は負傷するわ関係ない人を巻き込むわ、で、散々だ。
だのに当の本人といえば、それに対して非を認めるわけでもなく、
行儀悪く机に足を乗せて椅子を前後に揺らせながら遊んでいる。
身内でなくとも、はその行動に腹が立った。
まあ、見る限り、どんな風に育てられてこうなったのかは想像に難くないが、しかし、である。
「別に俺、こんなんが欲しくて呼び出したわけじゃねーし。ってか、いらねー」
"こんなん"って。呼び出しておいて本人前にして"いらねー"って。
どんだけ性根腐ってんだこのお坊ちゃまが!!と、無礼覚悟で叫びたかったか。
昂ぶる感情を抑え付けて、まさに絵に描かれたような我侭な貴族の少年を睨みつけるに留める。
けれどもそこは育ての親として、流石に公爵が黙っていなかった。
「ルーク!…獣とは言え、人の形をしているのだぞ。言葉を慎みなさい」
「いや、人間ですよ、ちょっと」
フォローをしてくれるものだと思っていれば、思わずその不審な言動と解釈につっ込む羽目になった。
話によると、自分は召喚獣<サーヴァント>という立場にあたるらしいが、とは言え、人間以外の何に見えるというのか。
対するルークは、公爵の渇にも対した反応は見せず、ふん、と面白くなさそうに足をテーブルから退かし、
頬杖をついてそっぽを向く。相変わらず反省の色は微塵も見てとれない。
手のつけられない性格だ、と、公爵らが溜息をついた。
その様子が気に障ったのか、ルークの眉間の皺が濃くなる。
自分の気持ちを解ってくれない周りに対していらついている子供のようだ、とは思った。
だが相手は、見るからにもう青年になりかけた男子である。
背だってよりも高いし、貴族の息子にしてはしっかり筋肉がついていてガッシリしている。
外面は立派な大人なのに、内面だけが、それに伴っていない。そんな相手に、情けは無用である。

「…といったかしら。了承もなく呼び出してしまってごめんなさいね。
 けれど、この子も寂しかったのですわ。この通り、ルークも反省していますし、どうか赦してちょうだい」
シュザンヌの言葉を受けて、どの通り反省しているんだって?と、ルークに視線をちらりと移すが
まあ言うまでも無い。もう一度溜息をいささか深めについて、は頷いた。
何不自由のない生活をしているルークと、じり貧生活の。決定的に、価値観も考え方も、全て違うだろう。
そんなのをいちいち本気で相手にしていたら、憤死しかねない。
「…いえ、もう、いいです。いいですから、元の世界に帰してくれませんか?私、仕事を無断で休んでしまったので」
棘のある言い方になってしまったかもしれないが、ここで気を遣ったところでいい事は無い。
幸い、寛大なのか、気にした風もなく公爵は頷いた。
「ああ、それは申し訳なかった。勿論、その分の礼はさせてもらおう」
当然だ、と心の中で呟いて、それ+αをどう払ってもらおうか、と考える。
しかしこの思考は、シュザンヌの投げかけた質問によって中断された。

「…それで、あなた、どうやってお帰りになるの?」
「…………」

こちらに聞かれても。勝手に呼び出された側なのである。
来た方法にしても、扉を開けたらそこは異世界、という状況だったので、尚の事解るはずもない。
助けを求めるように周囲へと視線を巡らせるが、不幸な事にその場の全員が口を噤む事になった。
(え、何…何なのよ、この沈黙は…)
ちらり、と嫌な予感が、背中を走った。
「…どこの国から来たのだ?馬車か、船を用意させるが…」
どこかで聞いた…というか、先程がガイに投げかけたものと同じような事を、公爵が口にする。
「おそれながら、旦那様」
の不審の目が、いよいよ本格的になってきたのを見かねたように、公爵の言葉をガイが遮った。
「先程もご説明申し上げたとおり、は別の世界の住人なのです。
 ですから、この世界に、この者の故郷は存在しません」
と同じで、あまりにも突拍子のない話に事態が呑み込めなかったのだろう。
公爵はまだ、召喚術という存在をつかめないまま、更に尤もな質問を重ねる。
「…では…どうやって帰るのだ?」
振り出しに戻った状況で、お互いがお互いの顔を見合わせるが、誰一人、答えを持つものはいない。
の中で膨れ上がる嫌な予感が、本格的に警鐘を鳴らしだした。
「………………」
ついに、全員の視線が、我関せずを決め込んでいるルークに注がれる。
流石にそこまでプレッシャーを与えられたら、彼と言えども知らんふりをするわけにもいかず。
「な、何だよ……知らねーよ、俺だって!」
後退るルークに、逃すまい、と公爵が責任を問いただす。
「だがな、ルーク。呼んだのはお前だろう」
「そ、りゃぁ…」
そうだけどよ、と認める声は、限りなく小さい。
「………呼び出すとこしか読んでねーから、解んねーよ」
しぶしぶ、といった風に後先考えて行動を取らなかったという事を告白した息子に、
公爵が呆れをふんだんに含んだ溜息をつく。
「その本は?」
「ここにあります。……この本です」
すっ、と、立ち上がったガイが取り出して机の上に置いた本に、全員の注目が集まる。
元からの色なのか、年月に晒されたからなのか、擦り切れた赤茶色の表紙はパイ生地のように
少しの振動でパラパラと屑をこぼした。
そんな状態の表面に書かれた文字はもはやその機能を成していない。相当に古いものである。
これが諸悪の根源か、とが見つめる先で、帰る方法らしき記述を求めてガイがページを捲っていく。
当然であるが、その内容…遠目に目に入ったその文字はには読めやしない。
ファブレ公爵とシュザンヌはガイの手元を見守っていたが、ルークは近寄ろうともせず、元の位置で足を組んで
ふてくされたように横目で見ているだけだ。今度はいたずらをして叱られた(反抗的な)子供のように見える。
いくら甘く育てられたとしても、十五年以上生きた人間ならもう少し大人びていたっていいはずだ。
それとも、とは思う。
ショックで失った記憶の中には、それまでの彼自身の成長も含まれていたのだろうか。
そんな、馬鹿な。それに、例えそうだとしても、には関係の無い事だ。
帰る事さえ出来れば、彼がどんなに我侭だろうが性格が悪かろうが、関係ない。関わる必要がない。
しかし、机の上に本を広げてページを捲っていくガイの手が一向に止まらないまま、巻末が近付いてくる。
見落としたのでは、という心配と、嫌な予感がわいてくる中、残す所あと一ページで、彼の手が止まった。
彼の明らかな変化に、公爵とシュザンヌ、そしての緊張が高まった。
「…あの…?どう、でした?」
ガイは此方へ目を向けて何かを言いよどむが、一度口を噤んで困ったように目を閉じた。


それは、最後のページの最後の部分に整然と書かれていた。
「……"なお、対象をあるべき場所へ還す<送還術>に関しては下巻に記す"…と、書いてある」
「…え」
その後、暫く沈黙が続いた。
だんだんと、足先から血が冷たくなっていくような感覚を、は覚えていた。
「…あなた、下巻って…」
「……いいや…そもそも、その本自体にあまり記憶が…」
シュザンヌがおそるおそると公爵に尋ねるが、彼は渋い顔をして首を横に振った。
「この本は…上下巻でセットだったみたいですね…」
心底参った、と言うように、ガイが呟く。
そのこころが、何を意味するのか。には予感として既に解ってはいた。
そして、それを、全力で拒みたかった。
「ど…どういう事ですか?」
それでも、明確な答えを貰うために、問いかける。
頬が引き攣って、声が裏返る。
気まずそうに、ガイはを振り返って言った。


「君を、元の世界に戻す方法が…………解らない、という事だよ」


今度こそ、痛みにも似た衝撃に、頭を殴られたように感じた。
全身の血が、一気に冷えていく。
「な…」
そうして、言葉を頭が理解した途端、血液は勿論、体中の一切が、今度は急激に熱くなった。
理性は、その一瞬に、消し飛んでいた。

「ふっ……ふざけないでくださいよ……帰れないって、そんな、勝手に呼んでおいて…!
 あなたのせいなんでしょ!?どうにかしてよ!?」

ぶちん、と、やはりいとも簡単に手を拘束していた縄が千切れる。
ガイの言葉も、今この状況も、頭の中から消し飛んでいた。
ただ、「帰れない」という事実だけが、重く、絶望としてだけ圧し掛かってくる。
狭くてぼろい安普請の一室に一人ぼっちで、変化もなく、ただ必死に生きるだけで、夢も希望も無い。
けれどもそこが、その毎日が、生きている限りのの居場所だった。
生まれ落ちてから、大したことも出来なかったが、その居場所は、20年分の自分の結果の全てだった。
なのに、こんなにアッサリと、全く無関係の暇つぶしの前に、奪われてしまったのである。
許せるはずが、なかった。
気を遣う必要も、なかった。
目の前のこいつが例えどんなに権力を持っていようとも、関係なかった。
こうなってしまった以上、これから先、もうどこにもないのだ。
自分が帰ってもいい確かな場所が。
今居る世界の、どこにも、ないんだ。
「おわッ!?」
怒りと、勢いに任せて、ルークに掴みかかると、そのまま強い力に抗えなかった彼諸共押し倒してしまう。
が力一杯に掴んでいる彼の襟元には、無意識の加減の無い力が加わっているため、
今までの生活では体験したこともない苦しさと痛みにルークは声を出せずに喘いだ。
「…ッ!!」
咄嗟にガイが、をルークから引き剥がそうと手を伸ばすが。
「…あっ!?」
ヒクッ、と、一瞬不自然な息をついたが、ガイの手が届くよりも早くルークの胸元から手を離す。
「…?」
急な力の消滅に、ルークも訝しげに上に乗るを窺った。

「……ぅあっ……」

物凄い力で絞め上げていた両の手で頭を掻き毟り、ぶるぶると震えながら蹲る。
一瞬にして、それは這うように襲い掛かってきた。

「あ…ぁ、…うああぁぁああ!?」

絡みついて、絞り上げるような体中の痛み。割れんばかりの頭痛。それは覚えのある、痛み。
ここへ来た時に体験し、もう二度と、味わう事のないように願っていたものである。
いきなりそれが、蘇ってきた。
どうして。
相変わらず、そんな事を考える余裕を一切与えない。
逃れようとも許されないそれに、体を支えきれず、はルークの上から崩れ落ちた。
あの時と、同じように。
痛みにもがき苦しみながらも、ずっと戒められているような感覚をは覚えていた。






「…なっ……!?」


誰の口から出たとも、つかない言葉。
驚愕と疑問にその場が支配され、床にのた打ち回るを、ただ見ている事しかできない。
「何が……一体、どうしたというのだ…!?」
公爵が、様子が急変してしまったを見て、喘ぐように言う。
シュザンヌはその横で、一連の事象にただただ脅えてしまい、黙り込んでいる。
「これは……さっきの…?」
同じような光景を、近い過去に一度見ている事を、ガイは思い出していた。
とにかく、の様子からして尋常ではない。
苦しんでいるのが心配ではあるが、痛みで正気を失っているのだとしたら、此方に危害が及びかねない。
遠巻きに見守る公爵夫妻はいいものの、崩れ落ちたの横で呆然としているルークの方を何とかしなくては。
「ルーク様、少し離れて下さい」
背後に立ったガイを、戸惑いを隠しきれていない緑の双眸が見上げる。
「な、なぁ…何なんだよ…どうなってんだ?コイツ…」
問われたが、ガイ自身、何が起こっているのか解ろう筈も無く、
を見据えながら首を横に振ると躊躇いがちに剣の柄に手を添えた。
ただの念押しで終わる筈だった忠告が、残念ながら今は実行に移さざるを得かねない。
仮にも、は公爵子息であるルークに掴みかかったのだ。
ルークの首元には、すぐに消えるだろうが、尋常ならざる力で絞め上げられた痕がある。
これ以上の狼藉は、例え彼女がこの世界の身分制度に当て嵌まらないと言っても許すわけにはいかない。
短い時間ではあるが、に他意がないことも、完全に被害者という立場である事も解った。
けれども、主人である者の安全の方が絶対である。それに害をなすものは何であろうと払わなければ。
「何か…病を持っているのではあるまいな…!?」
ただでさえ、異界の生物という得体の知れない肩書きを持つが病を持っているのだとしたら。
そしてそんな原因も、治療法も全く未知の病が自分達に伝染ったら?
そう考えて、公爵と夫人は、さっと顔を青くした。
(可能性は…なくもないが…)
それは、いささか浅慮ではないか、とガイは思った。
回数が少ないので何とも言えないが、が「こう」なるのには法則性のようなものが感じられる。
常には、全く病の片鱗らしきものを見せないし、苦しみだすのは突然に、しかも一瞬のうちなのである。
その状態は、「病」という言葉を当て嵌めるには相応しくないように見えた。
ならば、何か原因があるのではないか。
そしてそれを見つける事ができたら何とかなるのでは?
注意深く、とその周囲に目を凝らす。
「おい、ガイ…こいつのこと、どうすんだよ?まさか、殺しちまうのか…?」
じりじりと、剣を握りながらに近付くのを見てルークが声を掛けてきた。
振り向くと、忠告したのにも関わらず、座り込んだままの体勢で不安そうな顔をしているルークがいる。
普段の威勢や、ガラの悪さは微塵もなく、その瞳には深い脅えが見える。
殺されてしまうが心配だとか、可哀想だと言うのではない。
ただ、純粋に、恐いのだ。
目の前で生きているものに刃が突き立てられ、熱い血が噴出し、やがて体が冷たくなって、事切れる。
話に聞くだけならば、余程珍しいものではない死の形だろう。
ただ、それが目の前で繰り広げられるという事が信じられなくて、そして酷く恐ろしいものに感じられた。
ルークにしてみれば、こんなに苦しむ人間を見たのも初めてだった。
屋敷の中は絶対に安全で、殺生なんてものは本当に遠い世界の話だったから。
「ルーク、………?」
動けずにいるルークを宥めよう、と一歩進んだ所で、ガイは視界の端に違和を捉えた。
それは、ルークのすぐ近くに転がって、淡く強弱をつけて光っている。
「ルーク様、それは?」
「…え?」
ガイの、指さす方向を目で追うと。
に押し倒された拍子に、ポケットから転げ落ちてしまったと見える透明な石。
「…これって…あん時の意味解んねー石…だよな?」
直ぐに肯定せずに疑問形にしたのは、記憶の中のそれと違う色を発していたからだ。
無色透明な石は、光を放つ時にも、辺りを白く染めていた。
それが今は、クランベリージュースを思わせる色に染まり、同じ色の光が、石から漏れている。
「ああ、そう…みたいですね」
よりにもよって、正真正銘の"召喚石"というものだったらしいな、と苦々しく呟く。
召喚の書と召喚石。どうしてそんなやっかいな組み合わせが揃っていて、送還の書が欠けていたのか。
運が無かったというよりも、性質の悪い示し合わせとしか思えない。
何とはなしに石を見ていたガイは、ふとその変化がと関連があるのではないか
という考えに至った。召喚獣であるの変化と、何処と無く警告を思わせる召喚媒体の石の色の変化。
関係が無いとは、思えなかった。
剣の柄から手を離し、訝しげにルークが見守る前で、ガイは机の上に広げられたままになっている
召喚の書へと手を伸ばす。
先程、流し読みをする中で、気になる記述があったような気がする。
手早く目的のページを見つけると、目を走らせた其処を、確認するように読み返した。
「…!…そうか、成る程、な…」
「何だよ?」
物騒な雰囲気を消したと思ったら、今度は本を片手に一人納得するガイに、ルークが不審の声を上げる。
それに応えて、ガイがくるりとルークを振り返った。


「ルーク様、"許し"てやって下さい」


ガイの行動の意図の不明さは、依然続行中のようである。
にやにやともとれる悪戯っぽい笑顔で説明も何も無しに此方を見ているばかりである。
「…はぁ?」
「いいから。お怪我など、ございませんか?の所業は、どうしても許せませんか?」
さすがに、人をおちょくっているのか、とムッとしたが、ルークにとって短くは無い彼との付き合いで、
大体の行動、言動パターンは把握しているつもりだ。彼が根拠もなくこんな態度に出るはずもない。
そしてこういう時は、こちらが何らかのアクションを返さないと、ガイはネタをわらない。
納得いかないが、と、溜息をついて頭をかいた。
「別に。…俺は何ともねーよ。こいつの事は…そりゃまあ、何かムカツクけど……別にどうでもいいし」
「それは良かった」
満足気にガイが頷くその向こうで、が、がくんと憑き物が落ちたかのように床に体を預けた。
「…は…はッ…はぁ…ッ……え?」
痛みが徐々に引いていく、という感覚も、余韻も無かった。
それは本当に幻のように、ただの疲労感だけを残して、一瞬間に掻き消えてしまったのだから。
「え?…あ、あれ…?」
滲んだ脂汗を拭いつつ、体を見回しても、やはりなんとも無い。
自身が首を傾げるその向こうでは、遠巻きに公爵夫妻が見守る。
ルークも呆気に取られていたが、の様子とやはり連動するように元の透明色に戻った石を
拾い上げると、やっぱりそうなんだなうんうん、と一人頷くガイに向き直った。
「で、どうなってんだよ…いったい何なわけ、コイツ」
「"誓約の痛み"…というものだそうで」
ホラ、と本の半ばを開き、疑問符を浮かべるルークの眼前に突き出す。


"召喚獣は、術者の意思に背く行動をしたり危害を加えようとした場合、誓約の力によりその体を戒められる。
これを<誓約の痛み>といい、対象にとっては抗う事の出来ない力によって痛みに体を苛まれる。この痛みは
術者が「許す」まで持続し、強い自我を召喚獣が持っていた場合でも、これをもって術者は対象を制御できる。"


「…つまり、主従関係でいう…罰みたいなものです。まあ、良い悪いは別として、
 主人の不興をかったから…といったような」
文字の読めないにも、まだるっこしい説明書きが苦手なルークにも、いまだ遠巻きの公爵夫妻にも
解るようにガイは噛み砕いて説明してくれた。しかし。
にとっては、聞けば聞くほどに、不満を募らせずにはいられない。
「…なんだよ。俺のせいだってのかよ」
知らず睨みつけてしまったルークがムッとした顔で睨み返してくる。
ルークのせいって、それ以外の何でもないと思うが、それを口に出して彼の機嫌を損ねると"誓約の痛み"が
発動しかねないので黙るしかない。
(な…なんて、この上になく最悪に厄介な設定になってんの…!)
例えその我侭ぶりに、いかに理不尽を感じようとも、おいそれと意見すら出来ないということだ。
怒りに震える拳のやり場もないなんて、あんまりだ、と涙を呑んでいるをよそに、
公爵夫妻は元の上座に座りなおすと、一息つく。
原因不明の病でない事と、また、何かをしでかそうにもルークに逆らえない、という事でに対して
危険が無いと解って安心したようである。側からしてみれば心外であるが。

「なるほど…そうなると、このという召喚獣は…ルーク、お前の隷属という事になるのだな」

「…は?」

思わず間の抜けた返事をしたのは、ルークもも同時だった。


理不尽な設定この上なし

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