真実の在り処





(……わた、し……?)
ふと、は目を開ける。とりあえず、まだ生きていた事には驚いた。
辺りは黒く塗りつぶされている。
一面の青い光の模様と、今はもう名残程度の赤い光が舞い落ちるのが、薄らボンヤリと見えた。
朝なのか、昼なのか、夜なのか。それよりも、現実なのかどうかも、解らなかった。
薄く目を開けてそう考えられただけ、自分にはまだ余裕があったのかもしれない。
それだって、覚醒するかしないかの狭間で浮かんだ、ひどく曖昧な心の呟きだ。本当は、口に出したかった。
けれど、喉の奥から唇の先まで乾ききった状態では、ままなる筈もない。
それどころか、体の感覚が殆どなかった。まるで意識が――魂がこの重たい塊に辛うじて留まっているだけのように感じる。
息が、細い。
するっと、解った。このままなら、確実に。
(……あ――わたし……もうすぐ、死ぬ……?)
何を今更、と嗤われるかもしれない。何もかも投げ捨てておいて。
目的は達した。何もかも、振り払って出てきた。
もうあとは、何にも無い。
これで、終わりなんだ。
窓枠を蹴る時に、心に決めたじゃないか。どうせ死ぬなら、最後は大事な物を手に、命を尽かせるんだって。
全てにおいて中途半端だった私が、諦めてばかりいた私が、こんなによくやった。
もういいんだよね、と、役目の終わりを告げる自分自身の声が心の中に聞こえる。
けれども何で。
こんなに、恐いんだろう。この一人きりの暗闇が、永遠が迫るような静かな孤独感が、とてつもなく恐い。
それ以上に、

……くやしい。

と、思った。吐き出すように涙が滲み出た。ストッパーなんか、何処にも無い。
――悔しいよ。悔しいよ。悔しいんだ、ちくしょう。
駄々をこねるみたいに、勝手に心が叫びだして止まらなくなった。
ただでさえ水分が体の中に殆ど残されていないのに、どうしてあんなに出なかった筈の涙だけは出るんだろう。
しかも何で自分が悔しいのかも解らない。拭う気力も起きず、仰向けになった顔の上を雫がぽろぽろ転がり落ちた。
(あー……もう……悔しい……ああもう、何よ、何でなのよ……)
だって。だってもっと生きたい。
自分ときたら、全然いい思いしてない。悔し涙に余計に喉が引き攣って、息がままならなくなった。
(最後だって、こんな、だしさ……、時計だって……グチャグチャ、だしっ……)
声にこそ出せないので、ただ必死にしゃくり上げる。
なんだよ、なんだよもう、何で私ばっかりこんなに格好悪いんだ。
私が一番不幸だ、なんて自惚れた事は言わないけれどさ、せめてもう少し笑って逝けるようになんないかな。


本当に生まれるところから死ぬまで、人間の不公平を見せ付けてくれる。
格好良く潔く生き抜こうとしてたってのに、こんなに死にたくないのを此処で自覚させるなんて。
あまりに自分が無様過ぎて、格好悪すぎて、本当に悔しかった。













嫌われ者ってのは、何かと必要な存在なのかもしれない。
誰かと同じ気持ちを持って、それをお互い確認して。
そこに生まれる結束力は友情に似ているけど、強く見える反面、その実とてつもなく脆いものだ。
いつでも嫌いな人を見つけていないと、自分達の「友情」や「立場」が維持できないから。
(……まったく……そういう意味では、助かってたわよ)
廊下の床にぶちまけられたシーツを拾いながら、惨めな思いでカルミアは心の内で舌を打った。
自分よりもずっと有力な“嫌われ者”が現れたお蔭で、ここ最近は矛先がこちらから外されていたのに。
「今度はルーク様に擦り寄るつもりなの?どうせ無理矢理代わってもらったんでしょ。あつかましい人ね」
それが、彼女達の言い分だ。
目一杯の棘と毒が混ぜ込まれた声が、屈む自分の頭の上に被さってくる。
とにかく相手にしていては此方が損だ、と無表情を決め込んで手を動かす事にした。
「クライブ様が退役した途端、ですものね。次期副団長の次は公爵子息様だなんて、図々しいにも程がない?」
リーダー格らしき人物の後ろから、所謂“取り巻き”のメイドの少女らも、援護射撃をしてくる。
元来短気な自分としては、ピークに達しそうな苛立ちに、出てきそうになる反抗の言葉を喉元までに留めるのに必死だ。
(……ちょっと前までは、あの召喚獣の悪口ばっかりで、あたしの事なんて忘れてたクセに……)
攻撃対象がいなくなった途端、すぐこれだ。
数多くいる使用人でも彼女達のような人種はほんの一部である。
けれども、こういった事に五月蝿い人間がゼロというわけにはいかない。それはどこの職場だって同じだと思う。
大事なのは、目立ちすぎない事。けれどもそれを押し切って真剣に恋をしてしまったんだから仕方ないだろう。
年功序列を無視して、将来有望な若き次期副隊長と良い仲になった事で、以前から陰口を叩かれる事はあった。
それが駄目になった途端、今度は皆の憧れの公爵子息様の世話係となれば、不満も出るだろう。
(でも、どこがいいって言うのかしら……あのお坊ちゃまの)
自分としては、ルークに言い寄るなんて冗談じゃない、と、憮然とした心持を隠す事無く、眉間に皺を寄せる。
元が元という事もあって、3日前にが出て行った後、暫らくは大人しくなったように見えたものだ。
が、元の位置にまで浮上したと思ったら、今度は前にも勝る傍若無人っぷり、というか、どことなく八つ当たりめいてさえいる。
日増しにこちらの青筋が増えるばっかりで、彼とどうこうなりたいなんて事は、1ミリたりとも思わない。
「とにかく、貴女は私達よりここに来て日が浅いんだから、わきまえなさいよね。嫌ならとっとと辞めて頂戴」
つん、と鼻を高く上げて言い捨てると、落ちたシーツを避ける事無く踏みつけながら、彼女達は去っていく。
ぶつかられた拍子に落としてしまったものだが、それだってわざとに違いない。
角の先にその一団が見えなくなってからやっと、我慢していた感情を吐き出してやった。
「……言われなくたって、辞めてやるわよっ!」
きいぃッ、と唸って拾ったシーツを引き裂いてやりたい衝動にかられる。
そうだ、今となってはこんな所で耐えている義理なんかないのだ。
愛しい人はもうこの屋敷にはいないし、あれから自分に会ってもくれない。
復讐を心に誓った相手も、散々痛めつけられてここから飛び出して行ってしまったし。
だらだらと日々に流されながら引き伸ばしになってしまったが、もう自分は此処を去るべきなのだ、きっと。
「意気込んでるところ、悪いんだけどさ――」
そうと決まれば、早速今度の休憩時間にでもメイド長に掛け合ってみよう、と意思を固めている背後から、声が掛かる。
聞き覚えのある声に振り返ると、涼やかな笑みを湛える青年がそこに立っていた。
「あなた……ガイ」
呟くと、同僚の誰もが誉めそやす人の良さそうな笑顔が、にっこりと深まった。
「や、しばらくだな。覚えててくれて嬉しいよ、カルミア。少し君に話があるんだけど……いいかい?」
「………」
どことなく漂う有無を言わさぬ迫力に、あまり歓迎出来ないながらも、拒否の言葉を口には出来なかった。
それこそ、こんな場面を先程のメイド達に見られでもしたら大顰蹙を買うだろうに、気が気でない。
何しろ彼も屋敷で働く女性の憧れの君の一人なのだから。
更に最悪なのは、折角の美形を仏頂面で台無しにしている赤い髪の少年が、彼の後方に控えている事である。
この組み合わせに声を掛けられて、胸を高鳴らせない乙女などいないかと思われるが、生憎カルミアの場合は
状況が状況なだけに胃が痛くなる事しかなかった。
「……ったく……何で俺まで……」
ぶちぶちと文句を言うルークに、ここに来るまでにも幾度も言い治めて来たのか、若干疲れた様子でガイが苦笑を向ける。
「ハイハイ……どうせ暇してたんだから、いいだろ。それにお前だって、少しは思う所があってこうして……」
途中まではガイの言葉を聞き流しつつ耳の穴をいじっていたルークだが、後半の言葉に、途端に髪を逆立てて抗議した。
「ふざけんな!お前がどうしても来いっつったからじゃねーか!でなきゃ知るかっつーの!」
「わ、悪かった、悪かったって!……でも、全部が全部関係ないってわけでもないだろ、な!」
その後続くルークの反論とガイの説得に、蚊帳の外に締め出されたされたカルミアは、どうしていいやら解らず立ち尽くす。
「……………」
呼び止められたと思ったらものの見事に脱線した挙句、目の前で繰り広げられる漫才を無言で見守るしかない。
逃げる算段を整えようかとも思ったが、彼らが自分に何の話をしに来たのか、おおよそ見当がついていたので待つ事にした。
話とは、の事、なのだろう。
もうクビになったって構わないのだから聞かれて困るような事は無いが、ついに白状する時が来たか。
(……それにしたって、飼い主にしては放し飼いが過ぎるんじゃないかしら)
に肩入れするつもりは無いが、純粋に呆れた。
3日目になってやっと、か。あまりいい扱いはされてなかったようだが、浮かばれないったらない。
冷ややかな視線を前方に送るものの、それに対して二人は全く気付かずに、漫才を続けている。
…というか、ここにあたしがいる事忘れてない?と、引き攣るコメカミから汗が一筋垂れ流れた。
(…………あの人も結構、可哀想な人だったのかもしれないわね……)
こんな調子の二人を相手にするなんて、それはもう何かと、色々と、諸々と。
復讐相手を擁護する気はないつもりだったのに、何だかそう思わずにはいられないカルミアだった。










「……すまない、話が逸れちまって。それで――」
待ちぼうけを喰らって完全に此方を冷視するカルミアに必死に言い繕うガイの背を見遣りながら、ルークは腕を組む。
そりゃ、自分に全く関係がないなんて事は流石に思っていない。
そこまで事態を放棄出来る程、自分だってガキじゃないと思う。――あえて言葉にされるのが何だか癇に障るくらいで。
どうしてもの事が認められなくて、冷たく当たっていたのも自覚してる。
しかしそれには相手の出方にだって問題があったと思うし、のあの性格も自分には合わないと思えたからだ。
加えて、ここは自分の家、自分のテリトリー。そこに割り込んで来ようとする存在に反発した、それだけだ。
その上でここを嫌って出て行ったんなら向こうの勝手だし、ガイが言う程、こっちに否はないんじゃないか。
でも。
「…――」
組んだ腕を解いて、その手の平に目を落とす。そこに残る記憶の中の感触。
いまだに、解らない。どうしてあの時――



皆が口々に騒ぎ立てる声に、ただでさえ頭が混乱して、わけが解らなくなった。
外は、酷い雨で。頬が痛くて、熱くて。ひどい有様の人間が、この三階の窓から飛び降りようとしている。
色褪せた一部始終が、性能の悪い音機関の映像のように視界に流れ込んで来る。
何がどうなのか、どういう事が起こるのかはいまいち理解出来なかったが、激しい焦燥にかられて、気付いた時には。
パシ、と、軽い音がして、手の中にの腕を握っていた。
とんでもなく驚いた顔をしてが僅かに振り返って来たが、こちらとしても内心ではそれ以上に驚いていたのだ。
引き止めるつもりなんか、その理由なんか、これっぽっちも無いはずだったのに。



(……俺――……)
どうして、それ以上にどうしたかったのか。あの時、自分は何を言おうとしたんだろう。
でも、結局は振り払われた訳だけど、と考えると、無性に腹の底から怒りが湧き上がってくる。
不可抗力でもこっちが譲ってやろうとしたのに、あの野朗。やっぱり性格が合わねえ、と眉間の皺に力が入る。
「ルーク」
沸々と怒りを募らせていた所、突然ガイに話を振られたので、不機嫌な表情そのままに顔を上げる。
向き合っていたカルミアから視線を外し、此方を窺う顔には「まだ怒ってるのか」という呆れた色が宿っていた。
「何だよ?」
ガキ扱いされるのは御免だったので、虫は治まらないながらも、表面だけは慌てて体裁を取り繕う。
ガイは場を落ち着けるように、息を一つ吐いた。
「まず俺達は、彼女に謝らなきゃならない」
「……はぁ?」
いきなり、予想もしない角度から切り込んできた意見に、咄嗟に驚いたのはルークだけではない。
心底意外そうな疑問の声が、自分のものに重なった。
見ればガイを挟んだ向こう側の少女も、訳が分からないという顔をしている。
発言元のガイは自粛気味の苦い笑いをほんの少し浮かべると、いつになく真剣な表情をカルミアへ向ける。
未だ腑に落ちないままのルークは、変わらぬ位置でガイの背を見守るくらいしか出来ない。
「俺達の起こした事故に巻き込まれて、君の婚約者は白光騎士団を退く事になった」
まるで確認するかのようなガイの言い方は、おそらくこちらにも事情を説明しようとしているからだ。
しかし同時に、やや温度の低いその言葉に、カルミアの表情が強張るのが見えた。
「それと……3日前、ルークの部屋でに襲われたメイドっていうのは、………君なんだろう?」
成る程、随分と関っているというのは本当なんだな、と納得する。
語られる事はどれも核心を突いていて驚くばかりだ。いつの間に、ガイはこんなに情報を得ていたのだろう。
「……………」
とにかく、こいつがそうだったのか、と無言を通すカルミアを見た。問い掛けられる言葉に対しても、彼女は静かに俯いている。
「……本当に、すまないと思ってる」
話を聞いた後なら、謝れとガイから言われるのは流れとして解る気がする。
けれど、理解も納得も出来ない。確かに切っ掛けになったかもしれないが、だからと言って――
「……あなた達が、謝る事じゃないでしょう」
隠していた傷口に触れられた時の痛みに耐えるように、唇を噛んでカルミアは低く呻いた。
そうだ、彼女の言う通りじゃないか、と思った。
ガイの言った事を自分達が直接した訳ではないのに。それでどうして謝る必要があるのか。
限りなくカルミアの言葉に同意しながら、憮然として組む腕を硬くする。
「いや、けど……」
そう言って食い下がろうとするガイに対して、苛立ちを募らせた。どうして他人の所業にこちらが迷惑を被らなければならない。
謝る事なんかないと、向こうだってそう言ってるじゃないか――と、抗議めいた気持ちで居ると、
ふとカルミアが顔を上げて自分とガイを一瞥した。
その瞳が随分と冷たかったので、訝しむのと同時に思わず息を呑む。
「それに、謝られるような事なんて無いわ。だって――」
淡々とした言葉は、妙に語気が強い割りに今にも震えそうだった。
固唾を呑んで、ガイも黙って言葉の続きを待っている。


「…――だって、彼女が私を襲ったんじゃなくて、私が彼女を襲ったんですもの」


行き場のない恨みを含んだ声は、どこにもぶつける事が出来なくて寒々と揺らめくようだった。
「……な…」
「……なんだって…?」
自分の心にも同じように浮かんだ驚きを、前にいるガイが辛うじて呟く。
言い捨てるようなカルミアのその言葉を聞いて、そこまでは知らなかったのか、酷く狼狽しているようだった。
勿論、何も知らなかった自分なんかの混乱ときたら、彼の比ではない。
全く掛ける言葉を失ってしまった此方をカルミアは静かに窺っていたが、やがて息を一つ吐いて青い鋭利な瞳を伏せると
重たそうに唇を動かし出した。





「……だから、殺してやろうと思ったわ」
思い出すと憎しみが甦るのか、可愛らしい顔に酷く苦渋を湛えて、言う。
「絶対に許せなかったし、どうせ何もかも戻らないなら、いっそ……って思って」
もうこの屋敷に仕える事を辞するつもりだと、そう断って、彼女は仕えるべき相手の前でも本来の口調で語っていた。
等身大の女性――使用人の身分という分厚い体裁の壁を取り払った言葉は生々しい。
触れる機会の少なかった剥き出しの負の感情に、ルークも自然と耳を傾けずにはいられなかった。
今までみたいに蚊帳の外ではなく、自分に対しても語られる真実に、少しの緊張感が背筋を走る。
「あの日、今日こそはと思って、ナイフを持ってルーク様の部屋に向かったの」
そんなに物騒なものが、自分の近くに迫っていたなんて。
こっそりと溜まった唾を飲み込みつつ、チラリとガイの方を窺うと、彼もカルミアの話に全部の注意を取られているようである。
「……でも、失敗した。騒ぎを聞いて駆けつけた人達が見たのは、気絶した私と、私を庇って怪我をしたあの人」
けれども化け物であるという認識の色眼鏡を掛けた人からすれば、襲ったのはだと状況を見て思うだろう。
生憎と、ルークもその側だった。ガイは少しは疑問を抱いていたようだったが、あの時自分はに憚らず疑いを掛けた。
「じゃ……じゃあ、」
思わず喉の奥から喘ぐような声が漏れ出す。
『また俺の部屋を壊そうとしたんだろう』とか、『きっと朝の言い争いの腹いせなんだろう』とか、そんな風に捉えていた。
そんな事をするような奴じゃないと思える程の関わりなんか、無いと思っていたし。けれど。
「ええ、そうよ。ルーク様の部屋をめちゃくちゃにしたり、あの人が投獄された原因を作ったのは、あたしよ」
色のいい唇が薄く笑んでも、カルミアの目は冷たいままだった。
これで謝られる筋合いなんかないわよね、と、自嘲するように彼女は小首を傾げる。
語り終わった後の余韻を感じるでもなく、気まずい沈黙が暫し落ちた。
「……やっぱり、おかしいと思ったんだ……」
やがて、全部を聞いて今やっと飲み込めた、と、ゆっくりとガイが考えながら呟く。
こちらとしては未だに色々な事が混乱していて、全てがちぐはぐに繋がらない。
全ては、誤解――その事に妙な焦燥を覚えはしたが、けれどだからって、それが何だと言うんだ。
現状は動かないし、事実だって変わらない。謝ってやるにしたって、逃げた奴にそれは無理な話だ。
取り乱した心を隠すように心の内が雄弁になるのが解って、苛立ちを手に握りこんだ。
「そうだよな……らしくない行動だって、思ったし……」
「…」
一足先を行くガイが独り言のようにそう呟いた途端、何故かピリッとカルミアの眉間に緊張が走る。
何気ないそれにも関らず、またも彼女の纏う空気の温度が一層下がった気がして、ガイ共々戸惑った。
「らしくない、ですって?………貴方達は、一体どういうつもりなの?」
先ほどとはまるで反対のベクトルで、突然熱を帯びだした彼女の感情が今度は真直ぐと此方へ向かっている。
婚約者の事を言われた時にも、恨み言をぶつけて来なかったのに。
「な、何だよ?」
意味を図りかねて、眉を顰めた。
言いたい事も脈絡もちっとも解らない、というのを正直に反発の声に乗せると、カルミアの眉間の皺は益々険しくなる。
もしかしなくても、彼女が怒っているのだと解った。
「さっきあたしに謝ったのは、あの人に関して、貴方達が責任を認めているからなんでしょう?
 ……"らしくない"っていうのも、それなりにあの人の事を理解した上で出てくる言葉なんでしょうね」
未だ彼女の言葉の全容が計れずに言葉を詰らせているのは、ガイも同じなようだった。
ただでさえ女性が苦手なのに、相手の異様な気迫に圧されて少しずつ後ろへ退がり気味でいる。
カルミアが恨んでいるのはのはずだから、それを主軸に理解しようとすると、上手く繋がらないのだ。
たじろいでしまっているのもお構い無しに、此方へ答えを乞う言葉が重なっていく。
「だったら、貴方達は何をしていたの?」
「……? ……カルミア、どういう……」
とうとう、あのガイでも彼女の言わんとする所が理解出来ず、その真意を問おうとした。
それに対して、聞け、とでも言わんばかりの気迫で、カルミアは跳ね除けるように言い放つ。
冷たく見える灰青い瞳に熱が篭り、落ち着いた色の金髪が揺れて、声音とは裏腹な気持ちの昂ぶりを示した。

「あの人、『死んでもいい』って、言ったわ」


ほんとうは。

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