青と翠と向けられた銀





およそ目的地まで後数メートル。
階段を駆け上がって事務所のドアを開ければゴールインだ。
けれどももう、タイムリミットは完全に過ぎている。16分の遅刻。
命を懸けたとしても、時間という何よりも大切なものは取り戻す事が出来ないのだった。
それでも足を止める事はできない。後はもう、どれだけ遅刻時間を縮めることができるかにかかっている。
もう限界を通り越した足に感覚はなく、胸が苦しくて痛いほどだ。
恐らく、一週間以上はひどい筋肉痛に悩まされそうである。
マラソン選手じゃあるまいし、ペース配分が出来ないで全力で走ってきた体は正に満身創痍。
事務所についてもマトモに働けるかどうか知れないが、この姿で同情が引けないだろうか。
最後の一段を震える足で登りきる。
多分、今日のこの朝は「人生で辛かった記憶ベスト20」にランクインするのではないだろうか。
とにかく、一分でも早く、一秒でも速く、0.1秒でも疾く。
ドアを開けたらそのまま土下座をする勢いで。

―――――指先が、ノブに触れた。





「んじゃ、始めるか」
ルーク自身、本当に出来ると思っているのか、いないのか。
召喚術を行おうという場所は、変わらず彼の部屋である。
普通こういう事はもっと開けた場所でするもんじゃないのか、と思いつつも、
ガイは自身も半疑な事もあって黙って頷いた。
(多分ルークも出来ないって少なからず思ってんだろうな…顔、赤いし)
本を片手に、「えーと」とか、所々恥ずかしそうに不要な言葉を交えながら、呪文の序文っぽいものを
唱えるルークは、明らかに照れている。
そりゃそうである。ここでノリノリに呪文を唱えた後、何も起こらなかった場合、かなり恥ずかしい。
それを既に想定しているからこそ、こんな中途半端な儀式になっているのだろう。
そんな様子を見て、こりゃあ駄目だな、と落胆よりも安心の意味合いを強く含んで肩を落とした。
しかし、八つ当たりはするなよ、と釘を刺してはおいたが、失敗に終われば不機嫌なルークの相手を
しなくてはならなくなるだろう。扉ほどに大きい窓辺にもたれて空を見ると、二羽の鳥が呑気に
戯れている。まったく、こちらの苦労をなすりつけたいもんだ、と栓無き事を考えた。
「…?」
ふと、部屋にいざなわれる空気の流れが変わったような気がして、視線を部屋の中へと戻す。
相変わらず照れ隠しを交えながらルークがブツブツと言っている。言葉の流れからしてそろそろ終わるようだ。
何の変化もなく見えたので、一瞬、杞憂かと思った。
だが、しかし。

「"――――…に、ルーク・フォン・ファブレの名を刻む"」

そう、ルークが、自らの名を口にした時。
適当に選ばれた、いわく「意味わかんねー石」に明らかな変化が見てとれた。
ガイは、まさか、と思いつつも組んでいた手を解いた。
石は仄かに発光しだしたかと思うと、加速度的にその強さを増していく。
思わず壁から背を離し、腰に携えた剣を意識する。本当に、"何か"が喚び出されてくるのだとしたら。
「――――」
ルークに制止をかけよう、と口を開きかけたが、それも間に合わなかった。

「"――――…の先触れなり"……よっしゃ、どうだ!」

次の瞬間には、ルークは最後の詠唱を完了させてしまっていた。
その言葉が終わると同時に、激しい光が石を中心において部屋の中に押し寄せる。
最初は自分が未知の力を発動させる事ができたと顔を綻ばせていたルークも、その光が強まり、
勢いが大きくなって部屋のものを震わせるまでになると、ようやく「マズイかも」というような表情に変わる。
「お、おいっ、ちょ……ま、な、何だよ、これ!」
「……ルークッ!」
そして、光の強さが頂点に達するかというまでに、あたり一面が白く染まり。



ドォン!という大きな音が、公爵邸に木霊した。
その音の余韻の中に「みません遅れました!本当に申し訳ありませんでした!!」という声も紛れていたが、
一連の事象に驚く人々の中、それが聞こえたのは、辛うじて現場に居合わせた使用人唯一名だけであった。






「な、何だ!?」
嘘のように掻き消えた光の後、まだ視界はもうもうと立ち込める埃や煙で遮られていた。
状況がはっきりと見てとれない中、ガイはとにかく守るべき主を見つけるべく目を凝らす。
見れば、本棚が倒れ、その周辺の部屋の一角がめちゃくちゃになっている。
窓が開いているおかげもあって、すぐにいくらかの煙が晴れた後、壊れた壁と本棚と、並べてあった本に
埋もれるルークを見つけ、駆け寄った。
「ルーク!大丈夫か!?」
助け起こすと、気を失ってる風でもなく、目だった外傷も見当たらない。
「い…ってぇ…何か、凄え力に吹っ飛ばされたような…」
ガイはルークのその証言を受けて、しばし考える。さっき、ルーク以外の人間の声を聞いたからだ。
凄い力を発したというのなら、その人物だろう。しかし、"異なる存在"とは人間だったのか?
てっきり、グロテスクな獣かなんかを想像していたのだが。
ルークの方も、頭に手をあて、意識をはっきりさせようと、ふるふると横に振る。
と、その時、突然。

「……う…あ、あぁああああッ!!」

ルークが、ガイが、この乱れた状況をそれぞれ理解しようとしている中で、さらなる混乱要因が
耳を介して飛び込んできたのである。










「す」
ドアのノブに手をかけた所で、急いて体よりも先に言葉が出る。
多分ドアを開けた先には、それはもうお冠の先輩清掃婦が目を吊り上げているだろう。
いつもなら忘れないノックも無しに、はその場に転がり込んだ。
途中何かが足に引っ掛かった気もするが。

「みません遅れました!本当に申し訳ありませんでした!!」

と、ここでは土下座をするためについた手に触れる床の感触が、どうにも自分の予想していたものと
違っていたので、頭を垂れた格好のまま目を開く。
(……絨毯?)
鼻の先に見えたのは、柔らかく毛の長い、いかにも高級そうな床…に、敷かれた絨毯だった。
(………おかしい……)
絨毯なんぞ、敷いてあっただろうか。
というか、そもそもあんなひなびた事務所に、こんな高級感は似合わない…と、恩も何も無い事を考えながらも。
じわり、と背中に嫌な汗が浮かんだあたり、少なからず自分は理解しているに違いない。
――――部屋を、間違えているのではないか、という事に。
いやいや、そもそも事務所どころか、建てられてから何年たっているのか知れないほど老朽化が進んだビルに
間借りしてる他の事務所にしても、この絨毯は似合わない。
というか、足の踏み場を豪華にするより先にもっといい部屋を借りろという話だ(余計な世話)。
(ま、まさか……部屋どころかビル間違えた……なんて事は……)
恐る恐る確認のため、頭を上げると。
「……え?」
何があったのか、もうもうと立ち込める白い煙の合間に見える天井や壁は、どう見てもあの薄汚れていた
事務所のものとは違うもので。
(やばい!私本気で部屋もしくはビル間違えたんだ…!……でも、何でここ、こんなメチャクチャに……?)
恐らく、辛うじて難を逃れたらしい美しい細工が施されているランプや天井の装飾を見る限り、
下手なホテルよりも美しく立派な部屋だったのだろう。
しかし、ある一角を中心に部屋は崩れ落ち、床にはその破片が散らばり、今では見るも無惨な状態になっている。
(テ、テロでも、起こったのかな……)
今やそう珍しくも無い事のように、電気屋の前を通りかかった際にテレビで見かけた事件を思い出す。
まさか自分がその当事者になるとは思ってなかったけど…と、恐る恐る辺りを見回すと、
今自分が入ってきたと思われるドアが目に留まった。
「……え、な、何これ……」
まぁ大方の予想に外れず、ドアも豪奢なものだったらしい。
ドアというよりも扉と呼んで差し上げた方がよろしいかと思われる程のものだったらしい。
「らしい」という憶測形なのは、それが今やその威風を2割ほど残してぶち壊されていたからだ。
……あの扉を最後に触った人は誰でしたか。
はい、私です。確かにドアノブに触れた記憶もあります。
(え……ぇええ!嘘、何で私無傷なの!?それともまさかこれは私がやったの!?……そんなまさか)
その場で思わず頭を抱える。
やむなく急いでいて勢いがつきすぎていたとはいえ、そんな馬鹿な事があるか。
長年の貧乏生活で、確かに体力やしぶとさに自信は(少しは)あれど、筋力に関しては並程度かそれ以下だ。
むしろ体育は苦手だったし…!と、遠い昔の記憶の糸を辿って現実逃避に陥りそうになるのは、
頭の隅っこにある条件反射とも本能とも言える部分が、冷静にこの件に関する被害総額を計算していたからである。
ダンボールハウス――――…この年でまだあそこへは入りたくなかったのに…!(いつかは入る予定だったのか)
ダンッ…!と、こらえきれない熱い涙を流しながら床を叩く。あまりの事に頭がパニック状態らしい。
「ルーク!大丈夫か!?」
その時、晴れてきた煙の向こうから声が聞こえてきた。
ビクリ、と体が揺れ、本格的に、サーッと全身の体温が下がっていくのをは感じた。
「だ……誰……?」
気付かれない程度の声音で呟いた。自分以外の人間がいる。
この部屋の住人もしくは従業員だろうか。……いいや、もしかしたら、ホンモノのテロリストかもしれない。
この部屋の破壊者が仮に私でないにしたって、見覚えの無い奴がこんな所にいればきっと怪しまれるだろう。
テロリストだったら、捕まって殺されるかも。
「い…ってぇ…何か、凄え力に吹っ飛ばされたような…」
…やばい。
もしやさっき足に引っ掛かったと思ったのは…そうだとしたら洒落にならないくらいやばい。
いや、でも扉だって少し乱暴に開けただけだし、足に関しても本当にタオルかなんか引っ掛けたかな、位にしか
感じなかったし。
(もしかしてこれって、罠?いやむしろ罠だ!こうやって莫大な修理費請求してくるとか、新手の……!)
何にしたって。
まだ顔を見られていないうちに…逃げよう。
いやでも、見るからに器物損壊罪と傷害罪は免れないわけだし。
ここで逃げると後々罪が増える事になるのでは。←基本的に小心者
しかし、仮にお金で解決という形に収まれば行き着く先はダンボール。
それくらいなら、飯の心配のない刑務所の中は暮らしやすいと何処かで聞いた事がある(何処で聞いた)。
ああでも、例え泥水をすすってでも、天国のお父さんとお母さんの為に清い身でいようと思っていたのに。
いやでも相手がテロリストだったなら悪いのはあっちだから私に罪は無いはずで…。
「……」
ぐちゃぐちゃと混濁してきた思考を振り払うように2、3度ぶんぶんと首を横に振る。
とにかく、落ち着いて考えよう。
心を落ち着けて、本当にどうしたいかをずっと奥に問いかけて見るんだ。そこにはもう、答えがある筈。
やっぱり今、取るべき道として一番いいと思うのは…

逃げる事だ。

はそろり、と向きを変え、四つん這いのまま気配を殺しつつ元・扉の方へ向おうとした。
しかし、その時。





―――――何の前触れもなく、"それ"は襲ってきた。
「……っ!!?」


ずん、とした、重みに似た痛み。
あまりに突然すぎて、脳の理解が遅れたが、それが感覚として捉えられた時、
凄まじい痛みとして体中に絡み付いてきた。
「……う…あ、あぁああああッ!?」
四肢が引き千切られるような、足先から脳天までを締め上げられるような、形容しがたく、
体験した事もないような感覚に息さえつけず、その場に崩れ落ちる。

痛い―――――

ものすごく、痛い!

とにかく一番酷いのは頭で、脳の中をかき回されているのではないかと思うくらい。
理不尽な、けれども戒めをうけているような。何なのだ、一体、これは。
そう考えることに気を回す余裕がないほどの激痛である。
気絶してしまえば、どんなに楽になったか知れないが、あいにく持ち前の神経と根性の図太さが災いして
それも適わず、朦朧とする意識の中で床を掻き毟る。
「な……何なんだよ…ッ、コイツ……!?」
先程の声の人物が、こちらを認識したのだろう。
痛みを堪えながら、やっとの思いで声がした方に顔を向ける。
すっかり視界が落ち着いた部屋の中、瓦礫から身を起こして戦慄したようにこちらを見る赤い髪の少年と、
その少年を庇うようにして構えている金髪碧眼の青年がいた。
その青年が、手に持つものは。
(……何…あれ…)
霞む目が捉えたもの。
鋭い切っ先が、油断無くこちらを向いている。それは、どう見ても。
(…け、ん…?……いや、まさか……え?剣!?)
持っていたら、明らかに警察に連れて行かれる事は確実な刃渡り充分の刃物のように見える。
(お、おかしい!絶対に普通じゃないわよ、この人達……!?)
痛みが、思考回路を働かせる程には回復してきたので、改めて目を凝らす。
剣を持ってる所なんかはその最たるものとして、次に目を引くのが髪だ。
金髪は珍しくともまぁいいとしよう。だが後ろの少年の髪は真っ赤で。しかもそれにカラーリング独特の
違和感がなく、自然に見える。そして二人が着ている服だ。
どこかの民族衣装か知れないが、いかに自然に着こなしていようとも、この日本の街でそれはないだろう。
本当に異国から来た破壊者達か、もしくはこの部屋の造りや装飾といい、何かの撮影所とか。
(……か、かぎりなく後者であってほしい……)
の思考は、落ち着きかけて来たのだが。


「ルーク、危ないから下がってろ」
「あ……ああ。でも何かアイツ、苦しんでるみたいじゃねーか?」
金髪の青年は剣を構えなおして、じり、と距離を詰めてくる。
「……手負いの獣ほど、凶暴なんだ」
ふざけた様子のない、いたって真剣な様子の青年が発した言葉に、は目を丸くする。
(いや待ってよ!何で?……本当、何でいきなり私なんかがこんな事に巻き込まれてるの?!)

鈍く光る銀。
柄を握る青年の様子からしても、それが模造品でも、演技でもないことが窺える。
牽制するような容赦の無い眼差しと、殺気と呼ばれるそれがの体を撫で付けてきて、ぞわりと鳥肌が立つ。
「…っ」
知らず口の中に溜まっていた唾を、ごくりと飲み込む。喉がカラカラで、それも上手くいかない。
(や…やだ……嘘でしょ!?何、この状況……どうなっ……)

こわい。こわい。

逃げなくては、殺されるかも。

でも、痛くて体が、動かない。

青年の、鋭く青い瞳に恐怖を覚え、目を逸らせない。全身から冷たい汗が吹き出る。
その時、バタバタと大勢の足音が部屋になだれ込んで来た。
「ルーク様!何事ですか!?」
「ご無事で!?」
騒ぎを訊き、駆けつけてきた執事のような格好をした人や、鎧を着た兵士みたいな男たちが、周りを取り囲む。
(何、なの……)
武装したテロリストの仲間達?いいや、何だか様子が違う。
痛みと、恐怖と、混乱と―――――頭の中が、ぐちゃぐちゃだ。
不審そうな翠の目。殺気を孕んだ青い目。周囲から戒めてくる無数の目。
(これ、は、何……?)
突きつけられた鋭い銀色と、間もなくそれと同じく四方八方から向けられる鈍色の切っ先。
体を、頭を苛む激痛。
どうして。
自分は動けずに、床に這いつくばっているのに。
「貴様、何者だ!」
「どうやって入り込んだ!?」

「……し、知ら、ない……私は」

口が震えて、上手く声が出せない。
けれどはっきりしているのは、この状況が、謂われのない、理不尽なものであるという事だ。
それだけは譲れないし、ちゃんと言わなくてはならない。
「ア、アルバイトに、来て……部屋を、間違え……た、だけです!」
物騒なものが、体に当たりそうでビクビクと、けれど正面を睨みつけながら勇気を振り絞って言う。
答えが気に障ったのか、壮年の兵士が更にこちらに刃を近付けながら怒鳴った。
「こんな所にまで忍び込んでおいて、惚けるか!誰の指示でルーク様の御命を狙った!?」
「……は!?」
覚えは無いが部屋を破壊してしまった事を怒られているのかと思いきや、何かとんでもない事態にまで、
話は発展しているらしい。
察する限り、ルークというのは先程もそう呼ばれていたし、この大勢の中で尊大な態度を取っている
あの赤い髪の少年だろう。
当の本人はふてぶてしい表情で、もう関係ない、と言わんばかりに立ち上がって肩を回している。
確かに何かムカつくが、こんな少年、命を狙うどころか知りもしない。
こっちが酷い目にあっているというのに、何て態度だろう、と眉を顰めていると。
うざったそうに、こちらを見下ろしてきた瞳と、目が合った。

―――――いつも、周りと顔を合わせないで済むように、下を向いていたのに

カッ、と、頭に血が昇った。
見たこともない色、翠色の目に宿るのは。
「構わん、捕らえろ!」
痛みで動けないままの体を、乱暴に掴まれる。

―――――自分がそうだと、認めたくないから、見たくなかった。だから目を逸らしていたのに

「牢屋にぶち込んどけ!後で誰の差し金か吐かせてやる!」
「……ッ」
耳障りな声。知らないって、言っているのに。

―――――お前なんて、どうでもいいんだって、言われているような

くやしい。
私だって。

「何……だってのよ!」
思いっ切り、後ろ手に拘束してくる手を振り払った。
と、同時に。
「ぎゃッ!」
「うぁあ!」
開放された、と思った途端、叫び声と、ドシャッ、という大きな音が耳に入ってきた。
「……?」
はっとして見れば、一人は吹っ飛ばされた方にいた何人かの兵士達を巻き込んで倒れていて。
もう一人は。

「―――――…」
壁に、叩きつけられたようで、その格好のままずり落ちて蹲っている。
「……ぇ……?」
つぅ、と蹲ったままピクリともしない兵士の口から伝ってきた赤い液体を見て、頭が真っ白になった。
「え……どうして…?」
酷く声が掠れている。
振り払った手を見れば、見たこともないくらいに震えていた。

「ひっ……な、何だこいつ……ば、化け物!」
「くそッ、抵抗するか!!」
「クライブは!?早く譜術士か、医者を……」
にわかに殺気立つ辺りの中、呆然と、膝をつく。
そんなつもりは、なかった。
ただ、掴まれた腕の痛さから逃れたくて、普通に。
そう、普通に、だ。人間を、それも男の人を投げ飛ばすなんて有り得ないのに。
目の前に迫る槍を、ぼんやりと見る。化かされているような気分だ。
この人達は、こんなおかしな格好で、訳の解らない事を喚きたてて、私を大悪党みたいにして。
「……な……ん……で」
けれども、壁にもたれかかった兵士はぐったりとしていて、口から――――…血を、流している。
冗談だったら性質が悪すぎる。夢なら覚めてほしい。
解らない。
どうすればいい。
いったい、今、何が起きている。
助けを求めて視線を彷徨わせても、こちらを向くのは、憤り、怒り、恐怖、化け物を見るような目ばかり。

「―――――…っ」

正面を向けば、最初に見た金髪の青年と、赤い髪の少年。
青い目は、相変わらずに此方をひどく警戒していて。
翠の目は―――――翠のそれと再び目が合った瞬間。
「い……」
今度こそ、気を失わずにはいられない痛みが、落雷を受けたかの如く体を一筋に走った。

『誓約違反』

身に覚えのない言葉が、頭をよぎった。


あらぬ誤解をうけました。

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