華麗なるは使用人





「……………」

「……………」

前を歩くガイは、こちらをチラチラと振り返りつつも困ったような顔をしていたが、気遣ってやれる余裕は、今は無い。
いや、実際気遣われているのはこちらなんだろうけれども。

(…何であんなに、怒ってるのかな…)

赤い髪の少年の事を思い出す。
いつだって、謝ったら済んでいた。相手が気に入らない事を自分がやったんだから、それで解決する筈なのに。
解決するどころか、終始無言のあの様子を思うと、悪化してしまった事が窺える。
何もかも、ルークの考える事は一つとして解らない。裏目に出るばかりだ。
(あー、もう…どうしろっていうのよ!あの人ってば、単純かと思えば…多分相性が悪すぎるんだわ)
複雑だ。難しすぎる。
人の話は聞かないし、すぐに怒るし、我が儘で口は悪いし…まさに傍若無人という言葉の権化だ、ルークは。
何だってこんな、よりにもよってな人物が主人か。
そうでなかったら関わる必要なんてなかった、のに。ルークだって、迷惑じゃなかった、だろうに。
人を全力で拒絶してきたこの自分ともあろう者が、こうまで他人に対して譲歩しようとしているのにも関わらず、全然上手く
いかない。こんなにも、他人と関わる事が難しい事だったなんて。
「あの――――…さ、」
(…私は何を言えばいいの?…本当に…)
こうなったら、こちらの誠意が伝わるまで謝り倒すか。…とは思いつつも。
「あー、その…」
(何て…そんな事しても無駄…なんだよね)
数があればいいというものでもないだろう。
まだよく理解は出来ないけれど、上辺だけの言葉では、きっと無理だ。
ある意味ルークは、建前だとか社交辞令だとか、上辺に埋もれた中生きてきたのだろう。そういう事には意外に鋭そうだ。
(原因か…)
「さっきの事、気にしてるのか?」
「…えっ?」
問いかける声に、そこでようやく我にかえって顔を上げると、ガイが自分を心配そうに見ている事に気付いた。
そんな顔をされるほど、思考に没頭していたのか、と内心苦笑する。彼にとってはルークの事だけでも心配だろうに。
「あ。す、すみません。…そりゃ、まあ…」
「だよな。騎士にあるまじき、っていうか…人としてもどうかと思うぜ、あの態度は」
の言葉を受けて頷いているガイの頭の中と、自分の頭の中に差異を感じて首を傾げた。
「騎士」という単語が出た事を思えば、ルークの事を言っているのではないらしい。
「…は?あの、何の事…ですか?」
返事をしておいて何だとは思うが、見えて来ない話を明らかにする為に聞き返す。
「何…って、出入り口の所に立ってた騎士だよ。白光騎士団っていって、ファブレ家が専有してる騎士団なんだけどさ、
 …俺達が前を通る時、感じ悪かったじゃないか」
ああ、そういえば。入る時とは違った出入り口ではあったけど、そこの兵士も嫌な顔をしていたな、と思い出す。
ガイが居たせいか、今度は陰口という名の暴言は無かったが、態度はあからさまだった。
けれど、何だかそれにももう、免疫みたいなのが出来てきた。慣れて、いるから。
「別に…あんなの、気にしませんから。平気です」
まぁ、全く傷つきませんとは言えないが。
「でも、あれじゃ騎士失格だな。騎士道ってな、もっとこう…人に…特に女性に対して真摯にあるべきもんだろ?
 仮にもは女だってのに…」
「……………」
仮にもって何ですか、と激しく問いかけたかったものだが、それ以前に「女だってのに」と口で言いつつ
先程その手でガッチリと人の腕を掴んで引っ張っていたのはどこのどいつだ、というのにも猛烈に突っ込みたい。
しかしどちらに突っ込んでも無駄な気がするし、果てしなく面倒くさくなったので黙殺で通した。
それにしても、公爵家が個別に有する騎士団ともなれば、厳しい教育や訓練を経てきた超エリート達だろう。
そんな出来た人間が、言わずにはいられないくらい自分は嫌われているのか。
随分な化け物扱いである――――何か別の原因があるからではないか、と思ってしまう程に。
「まあ…が気にならないって言うのなら、よかったけどな。辛かったら、言えよ」
ちっとも何にも良くないし、言える筈もない。だってガイに解決出来る事じゃないのだから。
けれど気持ちは嬉しい、と苦味が交じってしまったが、笑みを返す。





「ところで」

暫らく進んだところで、歩きながらガイが、改めてこちらを振り返ってきた。何だろう、と顔を上げると。
「あのさ…俺、一応お前と一緒に歩いてるつもりなんだけど」
そう言って微妙な笑顔を湛える彼と自分との間には、足を止めないままも、絶対に縮まらない5m程の恒久的な距離がある。
勿論、此方が故意に生み出しているものだが。
「はっ!?い…いやその…」
しかしながら、斜め上からツボを突いてくるような、女心をくすぐるエスプリのきいたセリフを、どの女嫌いの口がほざくのか。
結構な赤面ものの台詞を言っている事を本人は自覚しているのか、またはそのまんまの意味か。
「男嫌いってのは解ってるけど、そんなに酷くないんじゃなかったのか?」
確かに、自分と比較してしまって気後れするから一緒に歩くのは敬遠される、という事もあるが、それよりも。
(う…うう…でも、だって、刺さる…から…)
普段人の心や様子に敏感で、憎らしいまでの気遣いっぷりを見せるのに、どうしてこう…愛憎劇の域となると。
いや、いる。こういう罪作りな鈍い男。
「…?どうかしたのか?」
本当に、小首を傾げながら歩くスピードを落として距離を縮めようとしてくるこのこやつを、はたいてやりたい。
同じくスピードを落として近付かないようにすると、何だか寂しそうな顔をするガイが恨めしい。嬉しい、んだけど。
「…あの、ですね…ガイさんって気付いてないんですか。道行く女性がこちらに寄越してくる視線がどういったものか」
廊下の向こうから、時には柱や壁の影から。
通り過ぎた時やすれ違う時に刺さってくる、色に例えるなら赤黒い視線。
ガイは、ここで働く女性達の、ある種アイドルであるからして、近付く女はその視線を一身に浴びる羽目になる。
まして今ついて歩いているのは、人間として認知されてはいなくとも、自分達よりもずっと容姿の劣る存在だ。
恰好の嫉妬の的状態である。
見目のいい異性に構ってもらえるなんてそりゃあ光栄と言えばそうだが、差し引いても向けられる感情の方が恐ろしい。
だからなるべく関わりたくない、離れたいという思いが、この微妙な距離を生んでいた。
ガイ本人は悪くないとは解ってはいるのだけれど、こればっかりは。
「あ〜…まぁ〜…うん、なぁ…」
言いたい事の意味が解ったのか、照れて良いのか困っていいのか分からず、ガイが頭を掻きながら歩くペースを
元に戻してくれる。それに息を吐いて、また大人しくやや離れた後ろに従った。

(嫉妬…かあ…)
勉強も運動も出来なくて、秀でた所が何もない自分はいつだって、人に優越感を与えるだけの存在だったはずだ。
見下されるばかりで、そういった感情に覚えがなくて戸惑うしかない。"そういう対象"として、見られるなんて。
それも無理もない程、ガイは一昨日も昨日も、よく自分の面倒を見てくれる。
殆ど一緒に行動をしているし。下手をすればルークよりも多く。
いいのだろうか、こっちのことばかりで…だって、彼はルークの使用人ではないのか。
(…ん)
ふとしたその思考が、何かと繋がりかけた。
(…しっと…)
もう一度頭で反芻して、繋がりかけた思考の先が何なのかを、必死で追い求めた。
(もしかして…でも、ねえ…)
ペールに言われた事を、思い出す。目を見る事で、相手の感情を窺い知る事も出来る、と。
恐ろしいし、わざわざこんな事したくないが、丁度強く感じた視線の方へと目を向けてみる。
目があった瞬間、そのメイドは驚いたようだが、忌々しげにこちらを一睨みすると悔しそうに顔を背けた。
(ああ、でも…そうなのかも)
おんなじ、だ、と思った。
瞬く間のそれでしかないけれど、あの時の彼の瞳、仕草は、今ここにあるそれと、ひどく似ているのだ。
思いついたばかりの憶測でしかないそれなのに、辻褄の合う部分や当て嵌まる部分も多く、
にわかに確信に近いものに変わっていく。
「……そっ、か」
振り返ってみれば、馬鹿な記憶だけれど、自分にだって覚えはある。
成長してからは思う事はなかったが、幼い頃は仕事ばかりの両親に腹を立てたりもした。愛情は、変わる筈がないのに。
この場合は彼の友人であるガイだ。
ルークの世界の全てはこの邸の中のみであり、心を通わせる事の出来る人間は本当に少ない。
なのにその数少ないうちの一人、しかも一番の友人が、自分を放って別の事に構ってばかりいたら嫌な気分にもなるだろう。
どこでどうなって―――朝の段階ではそこに行き着くような流れは無かったと思うが―――急速に表立ってきて
しまったのかは知れないが、ルークはそれで怒っているのかもしれない。
もしそうだとすると、あの場で謝った事は意味がない行為どころか、間違いだったと言える。
奪ったものを、還していないのだから。





「…だけどさ、こう変な距離が空いてると、何かやりにく……て、あっ」
ガイの方は、ルークの心の内に気付いていないのだろうか。首をかしげていたし。
だったら、ここは早急にガイを返還するのが得策だろう。ルークから取り上げようなんて、滅相も無い。
色々と構ってくれるのは嬉しいが、それでガイを独占するような事になるのだったら身に余り過ぎる。謹んでお返ししたい。
(けど、実際色々と助けて貰ってるし、正直私としてもガイさんは居て欲しい…けど、周りの人も怖いし…)
広い廊下は凹凸も障害物もなく、人とのすれ違いも全く苦にならない。
故に、油断して思考に没頭していたのがいけなかった。
「、前!気をつけ…」
と、ガイがやや焦りを含んだ言葉を投げかけて来た時に初めて、自分が廊下の交差する場に差し掛かった事と、
目の前に人が通りかかろうとしている事に気付いたのである。
「えっ、あ、わっ!」
意思とは別に、直ぐに止まれるものでない事は当たり前で。
案の定、お互いが歩いていたスピードそのままの勢いを殺さずにぶつかる羽目になった。
「うぉっ!」
ドン、という半ば予期出来なかった衝撃に、持っていた荷物(ガイが持つと言っても拒み通した)が手から離れる。
(…げ!)
本は…まあ、いいとは言わないが諦める事にして、問題は鉢植えだ。
「ぉ、うおわぁぁああッ!」
咲かせると言った傍から駄目にしてしまうなんて許されない。
思わず奇声を発しながら床とガチンコをしようとしているそれを、スレスレの所ではしっ!とキャッチする。
以前の運動能力の自分だったなら、こうはいかなかった筈だ。
ドサ、バサ、という床に落ちた本が上げる悲鳴を横に聞きながら、冷や汗を拭った。
「…ふ、ふぅ――――…」
「…っこの…痛てえなブス!どこに目ェつけて歩いてんだよ!」
と、頭の上から浴びせられた、何だか懐かしいともとれる罵倒を聞いて目をしぱたく。
いや、何と言うか、この屋敷に来てからというものの、どうも悪口と言えども品のあるものばかりで、ルーク以外では
こういった大脳と直結していそうな物言いは、初めて耳にした、というか。
言うなれば、場違いなのだ。
見上げると、いかにも町のゴロツキです、とでも主張するかのような姿格好の、(人の事は言えないけれども)この邸内には
似合わない人物が三人、こちらを睨んでいる。
怒鳴りつけてきた手前の男はぶつかった方の腕を大袈裟にさすりながら、元々不機嫌だったのがさらに下降
した、と顔で語っていた。
(う、や…やばいかも)
伊達に長く虐げられ暦を誇るわけじゃない。
顔つきやその態度から、大抵の人間の中身は知る事が出来る(ガイと初めて会った時は解らなかったが)。
残念ながら今目の前にしているこういった連中は…あまりよろしくないタイプの人間だ。
薄汚れた格好に品性の欠片も窺えない、間違っても貴族には見えないこの男達が何故こんな所に居るのかは
解らないが、とにかく関わってしまった以上早々に謝って遣り過ごすのがいい、と脳が囁く。
「…あ、ごめんなさい…」
慌てて本を拾って抱え込むと、深く頭を下げて平謝りをする。とにかく下手に出ていれば間違いはない。
後は嵐が過ぎ去ってくれるのを、じっと待てばいいのだ。
殊勝なこちらを見て、思惑通り男達は幾分かは気分を良くしたようである。
「…ったく…貴族様のお屋敷がどんなものかと思って視察しにきてみりゃ、ロクなとこじゃねぇな…」
「ああ。みんなお高く留まって、鼻持ちならねえ奴ばっか…あげく、こんなショボクレまで使用人やってんのかよ」
やはり、この屋敷どころか貴族とは関係のない人間みたいだ、と聞き流しつつ考える。
とはいえ、いくら不思議に思おうと、彼らの事情を知りたいとも思わないし、これ以上関わりたくもない。
汚い言葉を吐きつけられている自覚はあるが、好きに言わせておけば自分は安全だ。逆らわなければいい。
「なあ、お前の事言ってるんだよ、聞いてんの?もっとちゃんと謝れよ」
恐らくこれは八つ当たり、憂さ晴らしだ。言動から、お呼びじゃない態度を屋敷の者に取られて、腹を立てていたのだろう。
こんな所に自分達を顧みる事無く乗り込んで来るのが悪いんじゃないか。本当に何だってここに。
当たりの悪い所に出くわしてしまったものだ、と運の無さに内心で舌打ちをした。
「…すみませ」
「おい」
待てよ、と、凛とした聞き覚えのある声が、自分に迫る男達の向こう側から聞こえてきて、どきりとする。
こうして絡まれている時に助けて貰える事など、現実的に有り得なかったものだから気分が少なからず高揚はしたが
同時に余計な事を、と、苦い思いも込みあがってきた。
「あ?んだよ、テメェは」
三人の男相手に、臆する様子など微塵もなく声を掛けたガイは、のように遣り過ごそうなんて思ってはいない
ようである。厄介な事になってしまうんじゃないかと気が気じゃないし、ガイの身も心配だ。
「ちょっと、待っ……ガ…ガイさん」
思わず「やめて」と言おうとしたが、ガイが、睨むように男達を見ていた視線を此方に向けてふっと緩めるので、口ごもる。
大丈夫、とでも言いたげに。それでも不安げに呼びかけてしまったその名前に、ぴくりと男達の眉が動いた。
「"ガイ"?……ヘーえ、お前がガイか。折角口説いてやってんのに、ここの女どもが口を揃えてその名前を
 出しやがるもんだから、どんな奴かと思っていれば………成る程、イイ男じゃねえか」
こちらから気を逸らした三人は下卑た笑みを口元に浮かべながら、腰に手を当てて立つ使用人を取り囲む。
それでも、ガイの顔からは少しの余裕も消えず、男の言葉に対しておどけるように肩を竦めてみせた。
「そりゃどうも。…けど、アンタらがフられたのは、そんな格好をしているからじゃないのかい?ここじゃ、センス悪過ぎるぜ」
ニコニコと笑顔のまま放たれた言葉に、途端男達の額に青筋が浮き上がる。
ちなみにも何故か心に突き刺さるものがあって密かに胸を押さえる(12話参照)。
「何だと、この!」
逆上して振り上げられた拳が、ガイ目掛けて一斉に叩き込まれそうになっては声のない悲鳴を上げた。
「――――っ!」
しかし。


「ぎゃあっ!」
「い、痛てて!」
気付いた時には、目にも留まらぬ素早い動きでガイが男達の腕を捻り上げている所だった。
「喧嘩なら、外……あんまりこんな言い方は好きじゃないが、下の階層でやってくれないか。
 …ここはお前達が来ていい場所じゃない」
口にだけは微かに笑みを残しながら、何処と無く鋭い光を宿した目と若干低めの声で、男達に凄みを利かせる。
それだけで、ただのゴロツキは二人とも竦みあがった。
「ひ、は、離せ!」
「いてぇ、いてぇっ!」
そんな、情けない声を上げる連中を両側においてガイは溜息を吐いた。
何だって、公爵邸の只中でチンピラ退治なんてやっているのだろう自分は、といった具合だろう。
「…ったく、衛兵は何やってるんだよ…こんな奴らをほっとくなんて…」
と、疲れたように吐き出された言葉に、冷や汗を浮かべつつも右手に拘束されている男がにやりと笑った。
「こ、こんな奴ら…だって?へっ…使用人ふぜいがそんな口利いちまっていいのかい?
 …俺らは、じきに正式な白光騎士にして貰えるんだぜ?」
「…何だって?」
男の口から語られた事に、腕の力こそ緩めないが、さすがのガイも余裕の表情を保てなかった。
(…え?こんな人達が、騎士…?)
それがどれだけ驚くべき事なのか、全容を知らないにとっては計り知れなかった。
しかし、何だかこの体たらくで騎士と言われても信じられない。
「そ、そうそう!視察だって言ったろ!俺らは次の副団長と知り合いなんだよ!騎士にしてもらえるんだ!
 だから屋敷ン中を歩き回んのも許可されてんだよっ」
左手の男も、顔を顰めながらも喚き出す。
痛みに暴れる二人を抑え付けながら、ガイは驚いた様子で目を丸くした。
「そんなはずは……叙任式はまだ先だろ?それに、副団長って……」
「とっ、とにかく!今回の無礼は許してやる!許してやるから離してくれぇ!痛てぇ!」





腕をさすりつつ、逃げるように(逃げているのだろうが)走り去っていく男達を見遣りながらガイは思考に耽っている。
その傍らに、心持ち先程よりも近くに立ち、様子を窺った。
顎に手をあてて難しそうに考えている所に、憚られたが声を掛ける。
「あの、ガイさん、今の人達…」
「ん、ああ……あいつら、何もくそもない、ただのゴロツキだな。…けど」
問いかけに、は、と一度はこちらを向いてはくれたものの、顎においていた手を組んで彼はまた難しい顔をする。
「妙…だな、色々と。騎士団の中で何かあったのかも…な」
確かに、とも思う。ガイの言うように先程の彼らがただのゴロツキだったなら(それで間違いないとは思うが)
王家に連なるというこの家専属の騎士団員なんて、似合わな過ぎる。
しかも、ガイがいくら凄腕とはいえ、使用人に片手で黙らされる程度で、なんて。
「騎士って、仕官すれば誰でもなれるって訳じゃないんですか?」
「……まず、無理だな。特例を除いて、騎士は称号職だから。それなりの家柄の人間でないと、なれないのさ。
 勿論腕っぷしは必要だし。それに白光騎士団程の格式高さとなると、数年に一度の叙任式以外で騎士になれる事は
 ない………はずなんだが」
そこで言葉を切り、男達が消えた廊下の先へと視線を馳せる。
「…一体どうなっちまってんのかねぇ」
も同じく、ぼんやりと長い廊下の先を眺めながら、ここ一連の「どうなっているのか」を思ってみた。
唯一の帰る方法である送還の書の所在、屋敷の人間達の過剰な反応、カルミアというメイド、そしてルーク。
全てがばらばらで、収拾がつかない。
ルークの件は何となく理由は見えてきたけれども、結局どうすればいいのか解らないし。
はあ、と長めの息を吐くと、とにかく今は自分に出来る事をしよう、と、今度は何かにぶつかっても落とさないように
しっかりと本と植木鉢を持ち直した。

…と、その前に。
こうして落ち着いて気付いたが、ガイにまだお礼を言っていない。
ボロクソに言われていたところに、ガイは助け舟を出してくれたのだ。
見て見ぬふりが当たり前、誰も助けてくれるはずなんかないと思い込んでいた手前、実はとてつもなく感動した。
その後の行動も、やっぱり憎らしいまでに格好良くて。まるで漫画のような一連の体験に胸のときめきを押えつつ、
「あっ、あのっ、ありが…」
押し寄せる感謝の波にまかせてガイに頭を下げようとした。が。
「助けてくれて有難うな、」
「…………………は?」
意味の解らない先攻に、言おうと思っていた言葉を丸ごと返され、また60度くらい傾けかけた頭を戻して聞き返す。
助けたとは、一体何の、いつの事だ。
こちとら助けられた事は幾度もあれども、その逆に覚えはない。
「いや、さっき。避ける自信はあったけど、腕は二本しかないから、二人押さえた後はいよいよもってどうしようかと」
「…え…あの……はい?」
さっき…二人を押さえた…と、いう事は、ゴロツキが襲い掛かって来た時の事か。
でもあの時は、ガイが大活躍をして二人を――――
(……ん?二人を…?)
男は総勢、三人いた、ような。
「…で、アレ…どこに返却したらいいと思う…?」
汗の伝う頬を掻きつつ、もう一方の手で別の方角に伸びる廊下を指差すガイにならうと。
大理石の回廊の、数十メートル先の真ん中に黒っぽい物体が転がっている。

「、思いっきり突き飛ばしてたけど…生きてるかなぁ…」
「う、ウワアァ――――!!

ルークに落ちる、ルークに落とすと自分の中でエールを送りつつ ガイが格好良くなっていくという罠。

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