朝食戦線





時計を見ながら、は溜息をついた。

午前9時半。
すっかり窓から入る光は朝の白から黄色味を帯びた昼の色に変わったと言うのに、ベッドの上の状況は変わらない。
(…いつまで寝てるのよ、この人は…)
相変わらずのする事のなさに、むずむずする体を抑えながら、もはや日の光など物ともせず眠り込んでいる主人に眇めた目を向ける。
普通の人間なら、日曜日でもない限りは完全に起きて働いている時間だ。残念ながら日曜日もバイト三昧のにとっては、
惰眠を貪る文化は有り得ない。部屋の隅の床で、何かにせっつかれるように、焦れていた。
9時半にまだ蒲団の中だなんて、暴挙以外の何でもない!いい若者が、ごろごろと寝こけているだなんてけしからん―――――
そう、考えた所で、ペールの話を思い出す。
「……………、」
蒲団を抱き込むようにして寝息を立てる少年を見て、頭に上りそうになった血が下がっていく。
起きた所で、する事などないのだ。
対等に接してくれるガイだって、いつでも来れるという訳ではない。
閉じ込められている彼にとっては、小さな世界では学ぶ事にも限界がある。
働くなんて、ましてや、である。公爵の血を引く者が、掃除や洗濯などの雑事をさせて貰える筈もないだろう。
公爵や周りの大人の昨日の様子を思い出すと、ルークに対して貴族としての活躍を完全に諦めてしまっているようだし。
腫れ物に触らぬように育てられた結果培われた、絵に描いたような我侭ぶりは、向上心を彼自身から削ぎ落としてしまっている。
その結果、出来る範囲で何か為になる事をしようというプラス発想が出来ない、という悪循環が生まれたのが目に見えるようだ。
こうなると人間というものは、平和ボケの果てに、何をしでかすか解ったものではない。
少しでも刺激を求め、召喚術なんていう馬鹿げた行為をしでかした事も、変わらない日常への苦しみから逃れたいがため
だったのだろう。そう考えると、巻き込まれた側としては許しがたい思いはあるものの、責める気にはなれず。

思考に沈む中、の意識を引き戻したのは、ノック音だった。びくり、と肩が揺れる。次いで、
「ルーク様」
という若い女性の声…メイドだろう。しかし、呼ばれている部屋の主へ目を向けてみても、当の本人は全く反応しない。
コンコン、ともう一度ノックの音と、「ルーク様?」という先と比べて困惑を含んだ声が響く。
ま、まずい、まずい…と、慌てて立ち上がり、(何となく体に触れる勇気が出なかったので)彼の頭の近くの枕元を
てしてし、と強めに叩いて振動を与えつつ、呼びかけてみる。
「ちょ、ちょっと、起きて…起きてってば!呼ばれてるよ…!」
外のメイドに聞こえないくらいまで声の音量を落としつつ、小声でルークを怒鳴る。ノック音と呼びかけは、その間も続いている。
「ねぇって、ぶぁっの試みに、またしても忌々しそうに眉を顰めたルークが、蒲団から出した手での顔をがしっと掴んで押し退けた。
「……〜〜〜〜〜っ」
ルークの力はにとっては大した事ではなかったが、予想外の攻撃に思わず妙な体勢で後退してしまった際、
ぐき、と音を立てた首の後ろをさすりながら、ベッドの傍らで蹲る。
「…っせーんだよっ」
ルークは唸ると、もう一度寝返りを打ち、更にきつく蒲団を巻き込んで丸まってしまった。
(あああもう、この人はっ…)
とにかく、ルークに応対して貰えないと困るのだ、自分が出るわけにはいかないのだから。
まさか全部のメイドや執事に、ガイだって事情を説明しに廻ってなんていないだろう。今扉の外にいる人物は、それこそ自分を
どう思っているのか知れない。それに呼ばれているのはルークだ。彼が出るのが筋ってもんだろう。
(…9時半を過ぎてるんだし、寝すぎは体に毒よね…うん)
彼の為を思って、という大義名分を一応掲げ、実力行使に踏み切る事にした。腕の力を制御して、ルークを揺さぶりにかかる。
「ほら…ちょっと、いい加減に起きなさいってば!」
ゆっさゆっさと体が揺れる中、さすがにこの状態で眠れる人間もいないだろう。例外なく、起きる気配が見られたが、
ルークの眉間には怒気による皺が思いっきり寄った。と、同時に。
「起き…、!?…あ…だだだだだだだ!!!」
途端、襲ってくる足の先から頭までを絞り上げられるような痛み。
「…ちょッ…何、こんな事に誓約の痛み使っ……ぃいだだだだだだ!!」
昨日体感したような気絶寸前の痛みではないけれど、何とも辛抱堪らないものだった。むく、と上半身を起こしたルークは
まだボンヤリとした顔だったが、不機嫌極まりない様子が、そこにはしっかりと刻まれていて。
「……お前が出ろよ…」
ふんだんに眠気を孕んだ目でこちらを睨みつけながら、顎で扉を指す。
常の状態なら、負けるのを覚悟で一応「あんたが出るべきでしょう」と反論していたかもしれないだが、
抗えない程の痛みの下、そんな余裕はどこにもなく。
「いたいいたいいたいいたいいたい!!出る!出るから許して!!許して下さいお願いします―――――!!!!」
と、叫ぶのが精一杯だった。



意を決して扉を、カチャ、と少しだけ開く。
「ルークさ……ひィッ!!」
やっと開いた扉に安堵しかけたメイドの可愛らしい顔が、一瞬にして恐怖に慄くのが見えた。
「あ、す、すみません。…その、…何か御用でしょうか…」
何で謝ってるんだ、と心の中で突っ込みを入れつつ、そのまま要件を聞く。
メイドは他の者から…というか、一般に話を伝え聞いているのだろう。ガイのルートは特殊だ。
ペールの時とは違って、に対して恐れを隠そうともせず、血の気のなくなった唇を開く。
「あ、あ、あの…朝食のご準備が整いましたので…こ…ここ、こちらにご用意いたした方が、よろしいでしょうかと…あ、あの…」
脅えきって、震える声にうまく言葉を紡ぎ出せないでいるメイドを見ていると、何か複雑だが哀れにも思えてくる。
ほら見ろ、ルークが出ないから、こんな事になるんじゃないか。
溜息をついて、またもベッドに座ったまま、うつらうつらとし始めているルークに向き直る。
「朝ごはんが出来たんだけど、ここに持って来た方がいいですか、だって」
「…あー…めんどくせー…いらねぇ…」
口を動かすのも億劫だ、というようなルークのその言葉を聞いて、心の底の何かに火がついた。
何か、と言ってもの中で可燃性のものといえば数少なく、その中でも最も燃えやすいのは"貧乏魂"である。
食べ物を、いらない…だと!?
「あなたって人は……何言ってんの!折角食事を用意して貰ってるのに!…ええと、すみません、ここに持って来て下さい」
何者にも屈し難い程強く硬く培われたその魂の力に従って、普段は恐くて出来ない意見をルークにしながら、
扉の外で青い顔をしているメイドにそう伝えた。突然勢い付いたに、ビクッと身を引きつつ、メイドは言葉を続ける。
「は、はい…それで、あの…様の…朝食も、こ、こちらにご用意いたしても…よ、よろしいで…しょうか」
「え、さ、"様"っ…!? って……私の分も頂いてしまって、いいんですか!?」
様付けの呼び方なんて、された事もない…と、いうか、そんな呼び方をされてしまってもいいのだろうか?
確かにルークのペットという立場(にしては扱いが酷いが)にある自分は、メイド達にとって様を付けて然るべきなのかもしれない。
しかし、実際にこの邸の階級を階層ピラミッドで図示するなら、間違いなく最下層に位置しているだろう、自分は。
事情は特殊であるが、平たく見ればは、他人の家の他人の部屋に、どういう訳か住み着いている人間、である。
堂々と飯にありつけるような立場ではないはずなのだから、返答に窮した。
私の分は結構です、と遠慮すべき所だが朝一番に動いて空いた腹は、ぐぅ、という音を立てるし。
過去には、一日一食の日が10日程続いた日もあったというのに、いつからこんなに燃費のいい体になってしまったのだろう。
昨日食べたものが、あまりにも上等でボリュームがあったせいで、胃が拡がってしまったとか。
(…うう……"タダメシ"って最高じゃない、って思ってたけど…実際はかなり抵抗あるのね……)
突然黙り込んだを脅えながらメイドは窺っていたが、かと思うと物欲しそうな目(的には困って
どうしようかと、助けを求める意味での視線)で見つめながら、ぐう、と腹を鳴らしたのには震え上がった。
「そ、それでは…っ、様の分も此方にお持ちいたしますので!!」
「え…!?ちょ、」
いっそう、メイドの顔が青くなったかと思うと、ろくな返事を待たずに捲くし立て、が言葉を発しようとする鼻先で
扉がバタンッ!と閉まってしまった。
「………………………あの…」
問いかけは、問答無用に閉じられた扉によって、虚しくも阻まれる。
部屋の外からは慌てて走り去る足音と、少し離れた所から「どうしたの?」という別のメイドだろう人物の声。


「い、今ルーク様の部屋に行ったら、ほら、あの…例のアレが出たのよ…!!」
「ええ!本当に!?大丈夫だったの!?」
「食事はどうしますかって聞いたら…私に対して、美味しそうなモノを見るみたいな目を向けてきたのよ…
 …食べられてしまうかと思ったわ!」
「やだ、嘘!唯でさえ、今はみんなルーク様の部屋へ行くの嫌がってるのに…!」


…別に、聞こうと思った訳ではないし、聞きたいとも思っていなかった。
だが確かに耳に勝手に入ってきた内容…廊下のメイドの遣り取りは、が恐れながらも覚悟していた、まさに
その通りの現状だったのである。昨日この部屋に足を運んでくれていたメイドは、プロ根性で平静を顔に貼り付けながらも、
そうとうの勇気を胸に秘めていたに違いない。
あーあ、という言葉と、溜息を足したような息をついて、肩を落とす。
解っていた事じゃないか。予想も、ついていた。
けれども今朝、ペールのような人間に出会ってしまった事で、淡い期待が生まれた分の落胆は、やはりある。
(…だめだめ…気持ちを切り替えないと……余計なダメージを食らっちゃう…)
周りは敵だらけなんだ、と認めなければ。ほら、そんな状況は慣れっこだろう、どこにでもある無視ゲームみたいなものだ。
命を取られる訳ではあるまいし、平気だ、と、自分に言い聞かせる。
それに。今回は今までとは違う。死んでしまった両親以来に、自分には味方が出来たのだ。
目を閉じ、稀なる人柄を持ったその人物達に思いを馳せる。
混乱する自分に状況を丁寧に説明してくれ、責任感からかも知れないが、何とかを此処に置いてくれるよう
説得をしてくれたガイ。にとっては逆に体力を削られる形になっているが、極上の笑顔で励ましてくれている。
そして、の怪力や外観に左右されず、自分でもあまりいいものではないと自覚している内面を認めてくれ、
色々な「本当」を気付かせてくれたペール。目に見えない何か暖かいものを、彼からは教えてもらったような気がする。
…あと、数に入れていいものか非常に微妙な所だが、ルーク。
(…何だかんだ言って、一応ご主人様らしいし……一緒に過ごさせて貰ってるもんね…)
ペールには、よろしく頼む、なんて言われてしまっているし。
ルークの抱えている事情の事を思えば、こんな事に耐えられない自分なんて、情けないにも程があるじゃないか。
自嘲気味な苦笑を、口元に湛えた。
「まぁ…仕方ない…」
向かい合っていた扉から、部屋の中へ振り返り、目を開ける。


「…か」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「…あ……ぁ…っ」
わなわなと、肩と言わず全身が震えだす。


ばさ、という音。

開かれたの目は、その光景を前に、さらに押し広げられ。


「ふあぁ……、あ?…何だよ」
欠伸の途中で凝視するに気付き、鬱陶しそうに訝しむルークの手は、次はズボンに掛けられている。
既に彼の上半身を覆っていたものは、床に脱ぎ捨てられていて。

「………っっ!…っ!…」

顔の筋肉がまともな形を維持出来ずに、至る所がヒクッと引き攣った。上手く呼吸が出来なくて、喉が変な音を立てる。
ぶわ、と、まず顔に熱が昇り、次いで全身が熱くなって。

「…?…何なんだっつーの」
おかしな様子のまま、固まって動かないを不審に思いながらも、ルークは着替えを再開させようとズボンにかけた手に
力を加えようとしたところで。

の臨界点は突破された。



「ぁいやああぁあぁぁぁ――――――――――!!!!」



心の中で、何度も憤りや昂った感情を吐き出しこそすれ、今まで絶対に声には出さなかったの奇妙な悲鳴が、
穏やかな午前の公爵邸に響きわたったのである。






「…いらねえっつったのに…」
テーブルに並べられた一流ホテルの豪華朝食セットのような食事を前に、ルークは気分最悪だ、と言わんばかりに眉を顰めた。
にとっては、夢の中でしかありつけないような、堪らなく立派な食事だ。
なのに、それに対して暴言を吐いたルークを、燃焼中の貧乏魂が黙っていなかった。
「あなたね…!」
力を入れて結んだ拳を加減して机に叩きつけ、ルークを見るが。
(うっ…)
先程の衝撃映像がフラッシュバックし、思わず明後日の方向へと赤くなった顔を背ける。
だから、こちらは男っ気まるで無しだと言っているだろう(誰にも言ってないが)。何だってこんな免疫の無い所に
美青年の笑顔だの、美少年の寝顔だの、同じく美少年の上半身ヌード(もう少しで下着姿だった)だの、過激な映像が
飛び込んで来るんだ。今まで薄幸だった自分への、満を持した一斉大サービスだとでも言うのか。
だったら即刻、そんな斜め上に歪んだ慈善行為に対する停止を呼びかけたい。
嬉しいとか、そういう事以前の問題である。
そんなを前に、全く察しないルークは不審そうに目を眇めている。
「ご…ごはんを食べる事が出来るっていうのは、とても喜ばしいし、大切な事なんだからね!」
言い繕うような調子になってしまったが、これは本当に言わなければならない事だ。
三食まともな食事をとる事が出来るという事程、生きる上で尊い事はない。
生きるために食べ、食べるために働き、働くために生きる。のライフサイクルの全てはそこにある。
何かが一つでも少ないと、本当に苦しくなるから。
しかし、そんな極限状態とは無縁のルークに、それを言っても解らないかもしれないが。
そして案の定、彼は片方の眉を顰めてみせた。
「お前、馬鹿じゃねーの?メシごときに、何そんなムキになってるわけ」
フォークを持とうともせず、頬杖を付いて足を組み宣ったルークに、は嘆息した。
途端、ピク、とルークの眉と目が僅かに釣り上がり、纏う雰囲気が硬質なものに変わったのが分かって、しまった、と思った。
今自分は、元々少ないながらもルークの信用を僅かながら失ってしまったのだろう。
これでは公爵や他の大人達と同じだ。相手に、諦めの感情を見せ付けるなんて事は、絶対にやってはいけない。
「私はね、」
つくづく、心の中でペールに謝罪しなければならない程の迂闊な自分を責めつつ、顔をルークに向ける。
彼は、やはりこちらに対して、ガイや少数の人物以外に向けるような、冷えた反抗的な表情をしていた。
取り戻せるの、だろうか。いいや、もともと彼は自分に対していい感情を持っていないのだけれど。
「…殆ど、食べ物がない生活をしていたから…食事をする事が嬉しくて堪らないの」
聞いてくれているのか、いないのか、不安を抱きながらも、先程の会話の矛盾を拾っていく。
きっと、ルークは食べ物の大切さが解らないのではなく、知らないだけ。飢えた事がないのだから。
さっきの発言も、食事を馬鹿にしきっているのではなく、何故こちらが声を荒げているのかを不思議に思って出たものだと。
そう解釈してみるのならば。
「だから、こうして目の前に並んでる食べ物が凄く大切だと思うし、要らない、なんて言われて腹が立ったのよ」
噛み砕いて、事情を解りやすいように、相手に伝える事が大事だ。でなければ、感情や言葉のぶつけ合いになってしまう。
相手を知る、という事の大切さ。ペールとの会話で、少しだけ、そういう事を学んだ気がする。
恐る恐る、ルークの顔をチラリと窺うと、相変わらず頬杖を付いたままの冷めた目が此方を向いていたが、硬質な雰囲気は
消え、眉も目も元の位置に戻っていた。
「………ふぅーん…。あっそ」
「う…うん…」
なんだか、語ってしまった自分が、とんでもなく恥ずかしくてイタイ奴に思えてくる。
「でも俺、いらねぇし。そんなに大切だってんなら、お前が食やいんじゃね」

は ぁ 。

今度こそ、は隠せない溜息を、むしろ見せ付けるようについてやった。
ペールさん、私やっぱり挫けそうです。
「あ・ん・た・は・ねえぇぇ……」
ペールと交わした約束を、早くも挫折しそうになる所を何とか抑え、肩を震わせるに留める。
本当にもう、このお坊ちゃんは。例え自分の語りを聞いても、素直に食事をする事がないだろう事は予想のうちにはあったが。
流石は名目上、7才。
非常に。非常に面倒くさいと思うし、まさかこんな事を自分がする事になるとも、出来るとも思っていなかったが。


「………とりあえず、水分はとった方がいいよ。人間って寝てる間に、信じられない程汗かくらしいから」
手前の、紅茶から進める。
「マジかよ。へぇー、そんな風には思えねぇけどな」
言いながらも、確かに口から喉にかけての水分が足りない事に気付いたルークは、カップを傾けた。
程よい温度のフレーバーティーの爽やかな香りが、鼻から抜けて頭をすっきりさせる。
ルークがカップ一杯を飲み干す所を見計らって、が口を開く。
「スープくらいなら、入るんじゃない?紅茶だけだと、糖分とか入ってないから、頭が働かないと思うよ」
「ん?……あー、まぁ……スープくらいならな」
ルークに変な意識をさせないよう、自分もスプーンでスープをすくい、口に運ぶ。
(うわっ、お、おいしいー…!)
やっぱり、な極上の味に顔が綻ぶ。もう本当に、何だってこんな美味しいものを、要らない、なんて言えるのか。
思わず食事に夢中になって作戦を放棄しそうになってしまった所、慌てて意識を引き戻す。
ちょうどルークも、スープを口に運んだ所だった。
紅茶によって水分を湛えた口の中を、スープが馴染みながら通り抜ける。何も受け付けないだろうと思われていた腹は、
具も小さめであっさりとした味付けのスープを、素直に受け入れていった。
そんなルークを前には、半分食事に夢心地になりつつ、暫く経って頃合だな、と思う時を見計らい、次の行動を開始する。
そろそろ、起き抜けの胃が活動を始める頃だろうから。
「……パンとか…目玉焼きとかも、入るならちょっと食べておいたら?お腹、もたなくなるかも」
何気なさを装って、最後の仕掛けを発動させた。
ちら、とルークがこちらに視線を寄越して来るが、ここでボロを出すわけにはいかない。
何とも思ってない、何にも気にしてない、という様子をハリボテに、背中に冷汗が伝う。だから、見られるの苦手なんだってば。
(只でさえ、あんたみたいな顔のいい男の前で御飯なんて、胸一杯で普段なら出来ない所なのに…!)←しっかり食べているが。
パンをちぎって口に運ぶ手が、感じる視線に震えそうになるのを堪えながら、平静を装う。
やがて警戒を解いたルークは、そろ、とナイフとフォークに手を伸ばし、皿にのせられた目玉焼きを切り始めた。


は、ほっと、内心で胸を撫で下ろす。
作戦、成功。
もうずっと前、両親が生きていた頃。学校に馴染めなくて、毎日、朝は何も口にする気になれない時があった。
そんな時、母からお茶だけでも飲むようにすすめられて。後は、ルークと同じような展開だ。
お腹が空いてない、と感じるのは胃が動いてないから。何かを入れれば、本当は自分が腹を空かせている事に気付く。
食べれば、嫌でも力が湧いてくる。嫌な一日だって、お腹に入った活力源を思えば、ちょっとは頑張ろうという気になれる。
どんな人間でも、体の作りは同じなんだな、例え異世界でも。
ふ、と、口元に笑みが浮かぶ。

「…なぁ」

そんな時、突然声を掛けられて、下手な作戦の事がバレてしまったのかと、慌てて顔を上げる。
「お前、さっき話してる時もそうだったけど……何でイチイチ向こう向いて食べてるわけ」
ぎくり、と体が強張る。そういえば、無意識に顔が明後日の方向を向いてしまっている。
何が原因って、そりゃあ、もう。
またも頭にわいて出て来そうになる映像を、必死で掻き消したが、頬に昇る熱はどうにもならない。
「……………そこは…突っ込まないで欲しいんだけど………お願いだから」
の言葉に、何なんだ一体?と、首を傾げながら、ルークはボイルされたソーセージを口の中に入れて咀嚼した。
「…変な奴」




食事の時間帯からとっくにずれているのに、厨房に返還されてきた空の食器に、料理長は首を傾げた。
はて、どこぞかから回収されてきた洗い忘れか?運んできたメイドに、何気なく尋ねる。
「この食器は?」
「あ、はい…ルーク様のお部屋から、お下げして来たものですけど…」
メイドの、予想外の答えを聞いて、目を丸くする。
先程、ルーク用の遅い朝食を、いつものように彼の気まぐれな寝起きに合わせて作ったのは覚えている。
しかし、大抵今日のように昼に近い時間に用意した場合、ルークが朝食に手をつける事はなく、
料理がのったまま皿が返ってくるのに。
「…珍しい事もあるもんだなぁ」
「あの…例のアレが、ルーク様のお食事を食べてしまった…とか」
恐ろしいものを語るように、メイドが声を潜める。
「ああー、あの化けもんか…人間の食事でも食うんだな」
まぁ、残す奴よりは感心だ、と料理を作る者としての意見を人事のように笑いながら言う料理長に、メイドは顔を顰めたのだった。


着替えドッキリと、一緒にごはん、です

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