1、2、3


・番外編であって、本編とは設定が同じという以外、繋がりはありません。
・物語後半。短髪ルークになっていて、夢主もルークに片思い中。
・夢主が激しく欝思考なので注意。そして悲恋ではないけど切ない系。





―――――ほら、一歩進むたびに、少しずつ遠くなる気がするよ。






薄い暗がりに一面の白い花が咲いていると、まるで個々が光を発しているかのようで、幻想的で。
どこからともなく吹き込んだ優しい風に、掌から彼自ら断ち切った髪が、赤い炎のように舞い散っていく。



―――――ほらね、二歩進んだら、手を伸ばしても届かない。



笑顔があんまりにも優しくなった。悪口も暴力もふるわなくなった。
自分の事よりも周りの気持ちばかり考えて、心に感じたまま、「ありがとう」も「ごめん」も素直に言う。
冷めてさえいた目にはその名を示す通りの焔が灯り、苦しみながらも前に進む心を信じて疑わない。
最初こそ、皆、彼のあまりの変わり様に戸惑ったり、疑ってさえいた。
けれども世界を救う為に必死に走る姿を認め、以前の自分とは決別した、という彼を受け入れるようになった。

自分だってそうだ、もちろん。
と、胸を張って言いたい。言えるはずなんだ、本当なら。
今までと同じように傍にいたくて、無理でも無茶でも、意地になって彼の直ぐ後ろを走っていたつもりだったんだから。
なのに、けれど。
近くにいる筈なのに、少しずつおいてきぼりになるみたいに感じ始めていた。
自分だけが何も変わらずに、何にもない所でつまずいてばかりいて、格好悪いままのように思えて嫌だった。
何のために、此処にいるんだろう?何のために、必死で走っているんだろう?
みんなは過去だとか、果たすべき使命とか、ケジメとか、大切なモノを心に抱えて走っているのに。
私はそうじゃないんだ、多分。
ただ、ルークの後ろについてまわっているだけ?もしかして、もしかしなくても、本当にそれだけ?
愕然とした。
強力な譜術が使えたり、瞬時に傷を癒す事が出来たり、闘いに長けているわけじゃない。
かといって、苦しむ心を和らげるような言葉も持っていないし、どう接すればいいのか解らなくて口ごもる。
自分がどんなに頑張ろうと、頑張らなかろうと、世界も誰も運命を変えたりしない。
この場に居る誰よりずっと身軽なくせに、なんでこんなに自分だけ走るのが遅いんだろう。
なんでこんなに自分だけが何にも出来ないんだろう―――――そんな後ろ向きな心に苛まれていた時に、このトドメだ。

「約束するよ」

久々にルークと二人で話す機会だった。いつものように落ち込む自分を心配して、話しかけてきてくれたんだろう。
複雑だったけれど、でもやっぱり嬉しくて。穏やかでいて頼もしい笑顔を向けられて、つられて此方の顔も綻んだけど。

「全部にカタがついたら、必ず俺が、お前を元の世界に戻してやるから」

力強く放たれた言葉に、心臓周辺が何とも言い難い、精神的な痛みにみまわれたのは言うまでもない。
でも心からの思いやりの言葉だと解っていたから、私は「ありがとう」と言って笑ったんだ。



―――――三歩進んだと思った時には、どんなに捜したってもう見つからない。










「……どうだったかなぁ…」
荒野の中に取り残されたかのような一枚岩の上で、一人で膝を抱えて呟いた。
月が明るい所為で、星が見えない。
少し遠くまで歩いて来たからだろうか。仲間の寝息はここでは聞こえない。
虫の音をボンヤリと聞きながら、霞がかった記憶を必死で掘り起こそうと頑張った。
そう昔の事じゃないはずなのに、こんなにも思い出せないのが幸せで、どうしようもなく哀しい事だと苦笑した。
「そう…多分これくらいの時間だったらまだ、内職してたよね」
傍らから取り出したちり紙を手の中でこねて、花の形にしようとする。けれども上手くいかなくて、不恰好な花が咲く。
「あちゃあ……暫らくやってなかったからなぁ…」
以前だったらこんなの、一晩に何個も作れたはずなのに。
それだけじゃなくて、こうして一人でいるのが寂しいとも思わなかったし、何もせずに呆けている事なんかなかった。
どうすれば金銭的に得なのか、自分が明日生きるための事ばかり考えていた。
あの日々に比べれば、まだ此処へ来て1年と少し。期間的に断然短い―――――なのに思い出せない。
ここに居ることが幸せ過ぎたという事か。
でも、今の方がずっとずっと、心が苦しいのは何でだろう。
どうしてこんな風になっちゃったのかな、と、溜息を深くつきながら紙の花を弄んだ。
(気持ちとか、腕が鈍った分取り戻していかないと、きっとキツいよね……)
ただでさえ、元の世界に戻されたらしばらく、悲しくて寂しくてどうにかなってしまいそうなのに。
でも泣き暮れたって誰も御飯を用意してはくれないし、お金だって湧いてくるはずもないのだから。
今から、準備しておかないといけないんだ。独りきりでも大丈夫なように、生きていけるように。
「………帰りたくない…なんて」
言えるわけない。
ずっとみんなで旅していられるわけじゃないんだから。全てを終えたら、それぞれの場所へ帰るだろうから。
前と同じく、ルークのペットとして居座る訳にもいかない。
レプリカとはいえ彼には然るべき地位は与えられるだろうし、そうなれば見合う女性と一緒になった時に邪魔この上ない。
だから、私も、在るべき場所へ。それを見越して、ルークもああ言ってくれたのかな。

「ダメですの!皆さんの所へ帰らないと、危ないですの」
「って、うおわああビックリしたぁ!!」
全く予想していなかった声が突然傍らからしたものだから、心臓共々震え上がって岩の上から転がり落ちそうになる。
「地味ゴリラさん…どうかしたんですの?」
丸い大きな目が、此方を見上げている。
「…って…ミ、ミュウかぁ!何だ……驚いた」
そこに居たのは、薄い緑色のふわふわした毛に覆われた、小さな聖獣の子供だった。
体格に対して大きなソーサラーリングを浮き輪のように持って、ちょこちょこと此方に歩み寄ってくる。
旅の仲間……いや、自分にとっては所謂ルークに飼われているペット仲間だ。
「ミュウこそどうしたの?ひとりで来たの?危ないじゃない」
そう訊ねると、大きな耳が心持ち下に垂れる
「みゅうぅ……地味ゴリラさん、ひとりで起きて行っちゃって心配だったですの…」
「いや…そりゃ心配かけたのは悪かったけど、トイレとか何か考え付くでしょう…」
もしかして本当に用を足したかっただけの時など、いちいち心配してついて来られちゃ堪らない。
結果的にこうして悩んでいたのでミュウのカンは的中したわけだが。
こんなに小さいのに、気のつくミュウが愛おしく思えて、苦笑しながらも感謝の印に頭を撫でてやる。
気持ち良さそうに、耳が掌の下でうごめいた。
「みゅっ……でも、ご主人さまも言ってたですの。最近地味ゴリラさんが余り話してくれないって。
 ……一人でどこか行っちゃいそうだって」
「え……そ、そうなの?」
不謹慎にも、ルークが自分の事を気にかけてくれていた事を嬉しく思ってしまう。
しかし、髪を切ってからのルークは過剰な程仲間思いで、心配性の気すらある。
特別な事ではないし、そんなルークを自分自身心配していたはずなのに、気を使わせてしまうなんて。
「悪いことしちゃったな……でも、行けるわけないんだよ。私、弱いから、皆とはぐれたら直ぐに死んじゃうもの」
ひとりで何処かに行けたら、あるいはどんなにいい事だろう。
今の自分じゃ、此処に居るのが相応しくないような気がしてならない。
誰にも迷惑かけずに、心配かけずに、大好きなみんなを、彼を、助けてあげられたら。
それにきっと、今のうちから距離を置いておかないと、近い内に訪れるだろう「その時」が凄くすごく、辛いだろうから。
そんな考えが、無意識に接する態度に表れていたのかもしれない。
独りで生きていられた時は、周りの事なんか気にならなかったし、その感覚を取り戻せたらと思っていた。
そうしたら、今の環境じゃ、自然と余所余所しくなってしまって。
「そんな事ないですの。地味ゴリラさんはとっても強いですの。力持ちさんですの!」
ミュウは小さな一歩をこちらに踏み出し、ふるふると頭を横に振った。
きっと気を使ってくれているつもりなんだろうが、その評価には自分の力量が足り無さ過ぎて泣きたくなるだけだ。
「それは、元々のものじゃないし……それに、腕力があっても強さとは違うよ」
せめて、邪魔になりたくない。欲を言えば必要とされたい。
戦う技術が、もっと欲しい。もしくは、戦況をひっくり返せるような術を使う素養が欲しい。傷付いた仲間を癒す力が欲しい。
「私だけ、なんにも持ってないんだもん。怪力担当なら、色々な技を使えるトクナガに負けるし」
今日だってそうだ。
自分が手こずったりしなければ、ナタリアやアニスに余計な手間を取らせる事も無かった。
上手く立ち振る舞えれば、ジェイドやティアが無駄な消耗をしなくても、ガイが無茶なフォローをする事も無かった。
戦闘後、アイテム袋を片手に負傷した仲間を気遣うルークの背中ごしに、ひたすら謝る事しか出来ないで。
何にも、強くない。格好悪い。
大儀も目標も持ってないくせに、邪魔ばっかりして。
「で、でも……ボクはたくさん地味ゴリラさんに助けてもらってるですの…」
困ったように、ミュウの丸く澄んだ目がうるうると揺れる。
自分の言っている事が僻みだって解ってる。
口に出してどうにかなるようなものじゃないのに、吐き出さなければ潰れそうな貧弱な精神というのがまた。
それを慰めて貰っているのをありありと感じ取れて、更に自分自身に苛々した。
「いつもミュウを守ってくれるのはティアでしょう。私は自分の事で精一杯で、ちっとも役に立たない」
苛々が募りに募って気持ち悪くて口から吐き出すけれど、それさえもまた自分への嫌悪を増徴させる。
何でこんな事しか言えないの?何でこんな風にしか考えられないの?
情けなくて仕方が無くて、どんどん自分が嫌いになる。
「ミュウは、いいよね。火だって吹けるし、岩だって崩せるし、空も飛べるし。こんなに、人に優しくできるしさ」
本当に、何言ってんだろう。自分よりもずっと小さな子供に。八つ当たりして、恨み言さえ言うなんて最低だ。
最低すぎて、もう何だか悲しいまでに虚しい。どうしたって自分は。
(……自分じゃない誰かだったら良かったのに)
耐え切れなくなって、もう傷つけたくなくて、とにかく謝ろうと口を開きかけたところに。
「そんな事……そんな事、ないですの!そんな事ないですの!地味ゴリラさんは凄い人ですの!!」
あんな言い草をしたのに、しょげるどころか、予想に反してミュウは怒るように訴えかけた。
慰めなんかじゃないと主張するかのように、潤んだ目に力が篭っている。
「………ミュウ…」
思わず仰け反った姿勢で戸惑っていると、

「お花を、作れるですの!」

短い腕が、手に持った紙の花を真っ直ぐ指した。


「……え?」
示されたまま手の中にあるものを見てみたけれど、やっぱりそれは、ちり紙から作った花でしかなかった。
それでもミュウは、怯むこともなければ、至極真剣に言葉を続ける。
「何にもないところから、あっという間に綺麗なお花を作れるですの。とっても…とっても凄いですの」
凄くなんか、と、言葉を無くしたまま、白い花を見つめる。
綺麗、とミュウは言ったけれど、こんなのは仕事だったら失敗作だ。数のうちに入らない。
お金になるには、もっとこう花びらがふわっと開いてて、形も整っていないと。
あんなに、上手に出来たのに。いつの間にこんなに下手くそになっちゃったんだろう。
褒められたのに、誇れないなんて、こんなんじゃ。
「何にもならないよ……こんなの。こんなんじゃ、私……」
そもそも、褒められる事じゃないんだ。もくもくと一人作り続けて、数をそろえて出荷して。
形が崩れているとのクレームこそ貰えど、どんなに頑張っても、綺麗だね、なんて誰からも言って貰えなくて。
だから、それだけでとても嬉しかったけれど、言葉はまだ自分を認めない。
「でも、ボクは、お花が大好きだから、嬉しいですの」
心から、そう言ってミュウは微笑んだ。本当に、嬉しそうだった。
「きっと、お花が好きな人は、たくさんいるですの。その人達は、きっと地味ゴリラさんを凄い人だって思うですの!」
そう、なのかなあ。
なんて、馬鹿みたいに単純な考えなのに、そうだといいなあ、と思えると、ふいに目が熱くなった。
「……ごめん…」
言葉と一緒に最初の一粒がこぼれると、その後は止まらなかった。
「ごめん…ごめんね、ミュウ……嫌な事言ってごめんね……本当に、ごめん」
ぐしぐしと目から出て来る水分を拭いながら、ひたすら念仏を唱えるみたいに謝罪するのを、ミュウは傍で見上げていた。
「地味ゴリラさん……悲しいですの?……ミュウのせいですの?」
大きな潤んだ瞳が伏せ目になり、今にも泣き出しそうになったのを見て、慌てて小さな体を抱えて肩に押し付ける。
「違うよ、違うの……ごめんね。本当に、ありがとう。……すごくすごく、嬉しいんだよ」
瞳の奥から涙が滲んで来るのと同じように、心の底がだんだんと暖かくなるのを感じた。
いやなやつ。ほんとうに、私、いやなやつ。
なのに、そんな人間のどこかでも、いい所を見つけてくれて、そうして力を与えてくれたミュウは凄い。本当に凄い子。
こんな風に言って貰えて、どうして喜ばない事なんてあるだろう。
「私も多分、好きだよ。……綺麗に…花、作るの。好きだよ」
誰に認めてもらえなくても。誰かがほんの少しでも、喜んでくれるなら、それは私だけに出来たこと。

草も生えない岩の上に、一つぽっちの白い花をそっと置いて、じいと考える。
肩口の小さな命の温度を感じながら。
(……そういえば、あんまりにも得意になってさ…、)
我ながら下らない事考えてたなぁ、と一人苦笑する。
(造花造り職人にでもなろうかって、考えた事もあったんだよね)
でも、そんな冗談を考えるくらいの技術とスピードを持っていたんだと、心の中でひっそりと自慢する。
誰かとおんなじ特技だったかもしれない。地味で下らない自信かもしれない。
だけど、ああ、そう。そっか。自分が、何にも持ってないって事は、ないんだ。
自分にだってあるんだ、他人よりほんの少し得意なこと、生きるために出来ること。
(でも、何かかっこ悪いよね……やっぱり)
一つきりで風に吹かれて飛ばされそうになっているちり紙花をみつめて、ぽつりと思う。
結局今は役立たずなんじゃないか、まったく。
「みゅう…」
沈んだ顔で花を見つめたまんま黙りこくっている此方を心配して、ミュウがか細く鳴く。
暫らくじっと俯いて考えていたが、よし、と膝を叩いて顔を上げ、肩から離したミュウと向き合った。
「みゅ?」
不思議そうに見つめてくる大きな瞳に、どこか不敵な笑みを向けて見せた。
「さっきは、酷い事言って本当にゴメンね。お詫びに私の本当の実力を、見せてあげるからね」
敵をねじ伏せる力でもなく、他者を癒す力でもなく、心を救う言葉でもなく、それが私に与えられた強さだというのなら。
普段は眠っている分、たまにはそれを開放してやろうじゃないか。
どんなに小さくても、格好なんかつかなくっても。私自身が馬鹿にしていたって、それは。
それはきっと、彼が元の世界に還してくれるずっと先、その後で、自分を助ける力になるだろうから。

ひとつ。
指先で存在を確かめる。
紙くずの花をふたつ。
誰かが喜んでくれるかもしれないから。
花をみっつ。
私には、それをすることが出来るから。











「何やってたんだよ!ゆうべの見張りの番はガイだったんだろ!?」
「すまない……すっかり眠り込んじまったみたいで…」
朝日が昇り、火が消えて燻ぶっている焚き火を前に、ルークがガイに詰め寄る。
対するガイは、返す言葉も無い、と心底申し訳無さそうに顔を歪めた。
荷物についた朝露を払いながら、ティアがいつになく仲間を責めるルークを諌める。
「やめなさい。ガイだって昨日の戦闘でかなり消耗していたのよ。それよりも、早く見つけないと」
手早く野営の後を片付けつつも、普段あまり動かない表情には心配と焦りが含まれている。
「ここんとこってば、欝モード入ってたもんね〜。思い余って夜中一人で出歩いて、そのまま魔物に…」
「滅多な事を言うものではありませんわ!それでなくても、一緒に居なくなっているミュウも戦えませんのに!」
憚る事無く最悪の事態を口にしたアニスに、不安そうにしていたナタリアが膝の上の拳を硬くして怒鳴った。
二人の遣り取りを聞いて、ガイは勿論、ルークもさっと顔色を失くす。
「お…俺!捜してくる!」
慌てて飛び出そうとするルークの肩を、今度はガイが引きとめた。
「待てよ!どっちへ行ったのかも分からないんだ。とにかく、落ち着いて…」
と、戸惑うパーティーを振り返ると、一人静かに佇む人物が目に入る。
いつでも誰よりも冷静なこの人物は、朝起きて仲間が一人行方不明になっていたこの時にも、動じる事無くある方向を
眺めていた。その手には、荷物の中にあった双眼鏡。
なるほど、こういった平原ならば、有効な捜索方法であると言える。
「どうだ、ジェイド。何か見つかったか?」
ずっと同じ方向を見続けているあたり、目星はついたのだろう。ガイがそう声をかけると。
「ええ、まあ」
「本当かよジェイド!達なのか!?」
反対方向に行きかけていた身体を反転させて、ルークが息をまいて問うが、
「花畑が見えます」
状況とは裏腹な呑気な声と答えに、その場の全員がビシリと固まった。
それでもいち早く呪縛の解けたルークは、怒りを漲らせて青い軍服を掴み激しく前後に揺らす。
「こんな時にお前はあああーーー!!」
そんなルークの仕打ちにも、色白の取り澄ましたような表情は貼り付いて離れない。
「待って、ルーク。この一帯には草だってそんなに生えていないわ。花畑なんて…」
ティアが瞠目しつつ言う横で、巨大化させたトクナガの上に乗ったアニスが、「あーっ!」と、声を上げる。
先程ジェイドが双眼鏡で見ていた方向を指差して、顔を上気させた。
「ホントに花畑があるよ!よく見えないけど、真ん中に人がいるっぽい!」





肌寒さを紛らわすかのように、一人と一匹(いや二匹?)は、その中心に寄り添って眠っていた。
朝の強い光を受けて、白く光る絨毯が広がっている。
「まぁ…綺麗な場所ですのね」
思わずナタリアが呟くと、ひょいと拾い上げた花の一つを見てアニスが首を傾げた。
「あれ?この花、紙で出来てるよ?」
「本当だ……これ、全部手作りなのか?じゃあ…」
手に取ったごく薄い小さな花が、僅かな風にふわりととられて行くのを目で追いながら、ルークはそこを顧みる。
そう広い範囲とは言えないけれども、一晩のうちに地を覆うほど沢山の花を、荒野に咲かせたという事だ。
「なんて数だよ……大した奴だな」
感嘆するガイに、同感です、と肩を竦めてジェイドも言った。
「昨今の殺伐とした世の中には、こういう才能を持った方が必要なんじゃないですかねぇ」
眼鏡の奥で、呆れたように赤い瞳が笑った。
これ以上のない皮肉の言葉だったが、本人達はとても満足そうに寝息を立てるばかりである。
けれども、俄かに出来上がった花畑を見て、大きくも小さくも、皆それぞれが微笑みを浮かべた。

なんだよ、と、ルークは密やかに呟いた。
白い花畑のなかば、の目の前に立つ。
まったく、どうなる事かと思ったが、安心した。本当に、どこかに行ってしまったのかと思った。
必ず帰すと、約束したのに。
「……なぁ、お前は、この世界に必要なんだってよ」
きっと、言えない。
帰るな、なんてことは、言えない。
だってそれはが決めるべき道で、そしてこの世界は彼女が生まれた世界じゃないんだ。
ムリヤリ、自分が呼び込んだから。だから、元に戻すのが、自然なんだ。
ただ。
「だからさ、居てもいいって思うなら……」
その先の本当の自分の望みは、絶対に言ってはいけないから。
だから、何も心配はいらないように、笑って約束するしかないんだ。
「ありがとう」と言われて、心が痛んでも。





1、2、3と、歩数を重ねて。
いつの間にか君がいなくなってしまっても。
でも、そこからも、君を想って、また歩いていくよ。


伊藤サチコさんの『1.2.3』を聞きながら。とてもいい曲です。
曲の終盤、本当は世界なんて放って君を選びたかったみたいな所が、もう。
えー紙をどこから出したかは、そのー…夢主の荷物ぎっちりティッシュなんじゃないですか

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