「あー…」 嘆くような声を上げてしまい、は羽で出来たペンと、ルークの日記の切れ端であるメモを持ったまま項垂れた。 眠る準備を整えて、ベッドの上でなんとはなしに昨日までに書いた日記に目を通していたルークが身を起こす。 「んだよ、変な声出して。それよか、早くペン返せよな」 ルークにとって日課である、寝る前につける日記の今日の欄は、がペンを貸して貰っているせいでまだ埋まっていない。 「あ、ああ…ごめん。…はい、ありがとう」 「ん」 よいしょ、と床から立ち上がり、ルークのいるベッドの傍まで行って羽ペンを手渡す。 受け取りながらルークが、反対側の手に持つ少々くたびれてしまっているメモに、チラリと視線を寄越してきた。 はそれに気付いたが、大したものでもないし彼に全く関係のないものだったので、 心持ち死角になるよう、さりげなく引っ込める。 「……何隠してんだよ」 眇めた目で見られ、妙な緊張に動揺してしまう。 「え、い……いや、別に」 隠してしまったのを見逃すはずもないルークは、の様子に眉を寄せるのだが、本当に気にするようなものではないと 咄嗟に判断した頭が、曖昧な拒絶の言葉を口に出すように命令してしまった。 途端、ルークの眉間の皺は濃いものになる。 「嘘つけよ。ぜってー何かあるんじゃん。そっちの手に持ってる紙、見せろよ」 そう言うや、遠ざけた方の腕を掴もうとルークが手を伸ばしてきて、必然と近くなったルークに慌てて身を引く。 「あああの、これは、その…本当に何でもないから、見ても、」 「…」 「…ぅぅ…」 しかし、赤くなった顔を背けようとするに追いすがり、「動いたらいつものヤツ、喰らわすからな」と目で圧力を かけてくるルークに、観念して引いた身を元に戻した。自分的には、今のところ誓約の痛みも喰らうのはゴメンだが、 近すぎるルークとの距離の方が勘弁願いたい。 僅かに満足げな様子を顔に滲ませたルークが、しぶしぶと前に持ってきた自分の手からメモを奪い取る。 しかしそこに書かれているものを見た途端に、何だこりゃ、という表情になったので、はああやっぱり、と溜息をついた。 「おい、コレ、何なんだよ?」 ヒラヒラとルークが泳がせるメモに書いてあるのは、慣れない羽ペンにいびつな形になってしまった数字の羅列と、 その上にバッテンがいくつかついたもの。 ルークからしてみれば、何だかも解らない文字が、×印によって消されているという、意味不明のものだった。 手に入れた戦利品に関する説明を要求するルークに、は望みのまま、と口を開く。 「…日付、数えてたの。ここに来てから数えて、向こうの世界では今何日になるのかな…って」 どうせ説明するまでは納得しないんだろう、と思って答えてやったのだが。 何故かルークの眉は顰められたままで――――むしろ先程よりも増えた皺に、何か失言をしてしまっただろうかと焦る。 「……………何だよ、それ。向こうの世界の事なんて、どうだっていーじゃねーか」 不満そうな言葉が彼の口から漏れたが、がそれに「え?」と反応を返すと、何でもない、と言わんばかりに 奪い取った紙を押し付けてきた。 「…――――で、何であんな声出してたわけ」 不機嫌なまま、言い繕うようなルークの言葉を不思議に思いつつも、誤魔化しているようだし気にしない事にして頬をかく。 「えーと……うん…数えてみると、ね。向こうでは今日はクリスマスなんだなーって、嘆いてたところ」 こちらに来てから今日までの日数と、記憶にある限りの向こうの日付を照らし合わせて計算してみると、今日は 丁度12月24日、イブの夜にあたる。クリスマスの雰囲気に、最高潮に盛り上がって浮かれている町の様子が目に浮かんだ。 さぞや、駅前のイルミネーションが綺麗だろう。見る分にはタダなので、毎年何も出来ない代わりにその幻想的な景色を 楽しむ事で、湧き上がる寂しさを我慢していた。 そんなわびしい思い出に浸るをよそに、ルークは首を傾げる。 「クリ…スマス…って、何だ?何か嫌な事でもあるのか?」 嫌な日、といえば、独り者の若者にとっては、バレタインと並ぶくらい恨めしい日であろう。 実際、アルバイト先の先輩の何人かが、「クリスマスのばっきゃろう」的なセリフを吐いているのを聞いたことがある。 もその例外ではないが、毎日サバイバルに近い生活を送っていたため、その次元まであまり考えが及ばなかった。 (…にしても、ルークが向こうの世界にいたら、クリスマスは大忙しだろうな…) これだけの美形だ。聖夜に思いを告げようという乙女にこぞって引っ張りまわされるか、 この顔に見合うパーフェクトな彼女と過ごすため、最高のデートプランを立てるのに奔走しているか。 いずれにせよ、こんな特殊な環境下にいなければ、決して自分とは関わりはしなかったろうタイプに違いない。 やるせなさに息をつく。 「あー…クリスマスって、こっちにはないのか………あ、別に嫌な日じゃなくて。むしろ国中お祭りみたいなものだから。 …で、それに便乗して上がる景気だとかね…毎年稼ぎ時だったのよ…」 皆がこぞって仕事やらバイトやらを休みたがるのに対し、労働力の需要は高まるので、その時期のバイト代は 上手くすればオイシイくらいに弾む。それで、若干余裕のある年の暮れを迎える事が出来ていたのだが。 「国中が…!?へぇー、祭りって、どんな?何かすんの?」 の話を聞いて眉間から皺を消したルークは、未知なる国の、聞く限りとんでもなく大規模そうな祭りについて 興味津々とばかりに身を乗り出してくる。だから、近い距離を勘弁願いたいから観念して話したのに。 自覚の無いこの少年を、どうにかしてほしい、と、困って熱の昇る顔を逸らし気味に苦笑する他ない。 結局、ひょんな事から、クリスマスなんて日本独特の俗この上ない文化を説明せざるをえない状況になってしまった事に 心の中で溜息をつくのだった。 「…………まぁ、大体がこんな感じなんだけど…。あ、そうそう。クリスマスの最大の行事といえば、プレゼント交換らしいよ」 成り立ちだとか難しいことはさておき。 子供の頃に聞いたサンタクロースの話や、日本の人々がクリスマスをどう過ごしているのかなど、大まかに説明をする間も、 ルークは聞き入りつつ、所々で目を丸くしたり感心したりと反応を返す。 それがなんだかにとっても面白くて、可愛くて。気が付けば調子に乗って話を弾ませてしまっている。 「プレゼント交換?」 口を半開きにしたまま、オウム返しをするルークに、頷いてみせる。 「大切な人と……家族だとか、恋人だとか。寝てる間に、その人の枕元にプレゼントを置いておくの。で、翌朝ご対面…て感じに。 …さっき話したサンタクロースの正体のオチでもあるんだけどね」 ちなみにの場合、かなり幼少期の頃から既にサンタの存在の真実には理解を余儀なくされていたが。 両親は、夢を奪うまいと努力していたのだろうが、爆発的に流行った魔法少女のステッキの玩具をサンタさんに所望したのに対し、 木材と紙で作られた未熟な愛の塊を枕元に見つけて、どうして彼らを責める事が出来たろう。 まあルークの年齢が、精神的に7才と言っても小学一年生だし。流石にこの年の男児が今時サンタを信じているとは思えなかったので バラす事にした。の言葉を噛み砕いているらしいルークは、やはりサンタの事にはショックを受けていない様子である。 「大切な………。へえ…」 一度考え込み、しかし再び窺うようにこちらを見たルークと目が合う。 「…は、そういう事…誰かとしてたのか?」 「え、…いや……相手がいなかったけど」 一応、両親が生きていた頃には、少し品数の多い夕食をささやかに楽しんでいたが、それも遠く霞んで。 後はもう、ずっと一人で生きる事に必死で、盆も正月も、季節がめぐるのにすら気付かなかった。 プレゼント交換どころか、誰かと何かを、というような事をした事が無い。 時々、楽しそうにしているカップルを見て惨めに思う事はやっぱりあったけれど。 可愛くもなくて、好きな人の為にお洒落に気を遣う余裕もない自分には、恋をする資格すらないような気がして。 憧れは、ある。けれど諦めばかりが勝っていて。 「へっ、寂しいヤツ。ま、お前の事だから、そんなこったろーと思ったけどな」 そう言ってのけたルークの口元に浮かぶ笑みは、言葉の意味からくる嫌味なものではなく、安堵が含まれていたのだが、 ほんの、ごく小さなそれにが気付くはずもなく。また、図星をさされた事で、かぁっと頭に血が昇った。 ルークなんかには解らない――――いつもブスだとか地味だとか言われた時、私がどんな気持ちでいるかなんて――――! 「ほ、ほっといてよね!!どうせ男の人なんて、誰も相手にしてくれなかったわよ!」 昇った血の熱は冷めやらず、肩を怒らせて怒鳴りつけると、いつもの自分の寝床(ただの床)まで足を踏み鳴らして戻った。 「な、なんだよ!」 と、戸惑いを含んだ応戦の声が帰ってくるが、無視を決め込んでルークに背を向けたまま、壁と対面するように寝転がる。 ふと、こんな態度に出てしまったら、誓約の痛みを喰らってしまうかも、という不安が脳裏をよぎるが。 暫くしてかけられたのは、別段怒りを含んだ声ではなかった。 「…なあ、お前本当にそこでいいわけ?寒くねーの?」 最近は、向こうの冬と連動するかのように、深夜から明け方にかけて冷え込む。 絨毯も敷いてないような硬い床の上、蒲団すら被らずに眠るのは、確かに少々辛くなってきた。 それでも以前の生活と比べれば、大したものでもなく。 「平気!おやすみ!」 コンプレックスを大いに刺激され、自分でも過剰に反応してしまっているという自覚を持ちつつ、自棄になるのを止められない。 そうだ。ルークにしてみたら、自分が傷付こうがどうなろうが、全く関係ない事なんだから、そんな発言も軽く出てくるのだ。 そんな風に考えて、更に自分が傷付くのが嫌で。 ルークに素っ気無く言い捨てると、あとはひたすら眠る事に意識を集中させた。 枕元の、仄かな明かりの下。 今日あった事、初めて聞く異世界の国のクリスマスという行事の話、の事、後はいろいろ些細な事。 蒲団の中で、書き終えたルークは日記を閉じ、一息ついた。 羽ペンと一緒に、それを机の上に置こうとベッドから身を起こすと、切るような冷気に、温まった体が晒されて、思わず身を縮める。 今日はやけに冷える――――。 キムラスカは年中穏やかな気候のはずだが、ここ最近の夜の気温は低く、特に今日はそれが顕著だった。 日記とペンを机の上に置き、早々とベッドに戻って暖かさの持続している其処に潜り込む。 枕元の譜石の光を弛めようと手を伸ばした所で、仄明るさの中に浮かび上がる、丸まって眠るの姿。 やはり、強がっていたのだろう。一生懸命自分の体温を逃すまい、と縮こまっているのを見て、ルークは溜息をついた。 (…可っ愛くねーヤツ) そんなを見ていて思うが、素直でないのは自分も同じだ。だから先程も、を怒らせてしまった。 自覚する自らの幼さも、今の自分をいらいらとさせる。それが募って気分が悪いし、このまま自分でも耐え難い程の寒さの中に を放置するような気にもなれなくて、寝る気が失せた。そうして、もう一度身を起こす。 いくら言っても、はベッドの感触が気に入らないらしく、床で寝る事をやめようとはしなかった。 場所を移動させることが出来ないのなら、せめて。 部屋にあるもう一方のベッドから蒲団を剥ぎ取ると、を起こさないよう、慎重に近付く。 何をやっているんだろう、自分は。 常にない行動に出る自分自身に困惑しつつ、こんな事で風邪を引かれて一緒に過ごす自分にうつされては迷惑だからだ、 という正当な理由を頭の中に必死で並べ立てた。 「………………」 の顔が覗ける位置までくると、様子を窺った。 寒そうだけれども、ぐっすりと眠り込んでいる様子のは穏やかな寝息を立てている。やはり寝つきがいい。 それにしても、相変わらず可愛くもないし間抜けな寝顔だなぁ、と呆れるが、それを見るのは嫌いじゃない。面白いし。 (…大切な、人…か) ふと、今日のの話を思い出す。 寝ている間にそっと、気付かれないように贈るプレゼント。プレゼントと言えば、貰う事は多々あれど、あげた事なんてなくて。 何をあげたら、人っていうのは喜んでくれるんだろう?この邸の中にいて、手に入らないものなんて何もなかった。 欲しい玩具も、甘いお菓子も、美味しい食べ物も、高価な本も服も装飾も――――もういらない、という程周りにある。 その中で、心に残る程のものなんて、思い浮かばなくて。みんな、一時の欲求だけ満たしては、記憶の中から消えていく。 しかし。 顔にも言葉にも出さないけれど、ペールが咲かせてくれる花だとか、ガイが時々土産として買って来てくれる 城下の屋台で売られていたという食べ物だとか――――そういったものの方が、物理的価値なんかなくても、嬉しかった。 大切な人に贈るものっていうのは、そんなんなのかな、とルークは思う。 例えば今すぐにでもラムダスを呼び付けて、とても高価で綺麗な宝石を調達させ、の枕元に置いておいても。 違う気がする、とその考えを振り払った。 だったなら、少しでも、大切だという気持ちが、伝わるのだったら。 (ぜッッてー起きるなよ……) 一心に祈りながら、細心の注意をはらいつつ、そうっとに羽毛の蒲団を被せた。 今起きられたら、言い逃れなんて出来ない。顔が赤くなっているという自覚もあるし。 しかしルークの心配をよそに、の目が開く事はなく。 そして、音を立てずにベッドに戻り、蒲団の中に再び潜り込む。そこは完全に冷えていたが、何だか体が熱くて気にならなかった。 もう一度の方を窺うと、与えられた暖かさに、心地よさそうに蒲団を体に巻きつけるがいて、ほっとする。 それは、プレゼント、と呼べるようなものではないけれど。 言葉に表すなら、まさに「ドキドキ」と「ワクワク」。物を贈るというのは、こんなに気分のいい事なのか。 人に物をあげてしまうのだから、自分は損をする事になるんじゃないかと思っていたが。 朝起きた時の、の反応はどんなだろう、喜んでくれるだろうか、どんな風な気持ちを抱いてくれるだろうか。 考えると、楽しみで仕方なかった。 でも、それに対して自分はどう返事してやろう? (…明日、早いとこ起きて、ガイに口裏合わせてくれるよう言っとくかな…) 自分がやった、なんて、あまりにもガラじゃなさ過ぎて恥ずかしい。だったら、そういう事をしても違和感のないガイが した事にすれば、不自然な事なく誤魔化せるだろう。しかし。 (あ…やっぱやめ。ぜってぇ駄目。) もしそれで、が話を信じて、ガイに対する好感を強めてしまったら、腹が立つ。 でも、それ以外違和感のない方法が思い当たらなくて。どうしたもんか、と頭を悩ませるルークを他所に、夜は更けていく。 結局、興奮と苦悩に中々寝付く事が出来ずに、翌朝寝坊する事になるルークにはその手を使う事は出来なくなるのだけれども。 高く昇った太陽の光が、頬にかかるのを感じて、ゆるゆると目覚める。 ぼんやりとした頭のまま、ベッドの上で上半身を起こしたルークの傍に、人が立った。 顔を上げると、そこにはどこか戸惑ったような様子の、蒲団を抱えたがいて。 「お、おはよう、ルーク。それから………ええと、あ、ありがとう」 照れくさそうにも、とても嬉しそうな顔。照れるべきはこっちなのだという事にまで、頭が回らなかった。 その笑顔が、自分にとってはプレゼントだ、と、寝惚けた頭にそんな言葉が浮かんだ。 |
06年のクリスマス番外。初めて書いたよ甘夢。
ほぎゃあー!な、なんつー恥ずかしい作品か!
何は無くとも「ぬくもり」って、ただの蒲団かよおい。